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2017年9月20日水曜日

生きているのはひまつぶし

ーー酒はきみをゆっくりと殺すらしいぜ
そうさ、俺たちはそんなに急ぐ必要はないだろ?

いやあ尿酸値が高くて膝が腫れかかってるのに、
テニス仲間と暴飲暴食をしちまったな、しかも鼈鍋なんてね。




死への道は、享楽と呼ばれるもの以外の何ものでもない。le chemin vers la mort n’est rien d’autre que ce qu’on appelle la jouissance (ラカン、S17、26 Novembre 1969)
人は循環運動をする on tourne en rond… 死によって徴付られたもの marqué de la mort 以外に、どんな進展 progrèsもない 。

それはフロイトが、« trieber », Trieb という語で強調したものだ。仏語では pulsionと翻訳される… 死の衝動(欲動 la pulsion de mort) …もっとましな訳語はないもんだろうか。「dérive 漂流」という語はどうだろう。(S23, 16 Mars 1976)

深沢七郎に「生きているのはひまつぶし」という題名の書があったが、今思えばいかにもラカン的だね、

深沢の時代に「生きているのはひまつぶし」ってのはひとつの姿勢だったよ
さらに遡って安吾の戦後期だってこの達観を表白しえた。

ところが、現在はこう言いにくくなってしまった。なぜか?

たぶん安吾や深沢の時代は、世の中が全体的にはよくなってゆくという「幻想」があったはず。細部に文句はあってもね。




現在、たとえば10年後の「世界」あるいは「日本」がいまよりよくなっていると楽観的に考えうる人間は稀だろう。おそらくそのせいだね。

ま、でもわたくしは「生きているのはひまつぶし」でいくしかないな。そもそもわたくしの住んでいる国は、現在、世界中で稀な「10年後にいまよりよくなっている」と妄想している国ナンバーワンらしい。

《世の中がいやになっちゃうよ、もう。かってにしやがれ》(大岡昇平)

いやいや宴会に参加してくれたピチピチの美女ーー豊かなお尻と腰にくびれの対照が見事なテニスギャルーーは「かってにしやがれ」どころじゃなかったな