2016年5月31日火曜日

「現勢神経症」スペクトラム

言語化への努力はつねに存在する。それは「世界の言語化」によって世界を減圧し、貧困化し、論弁化して秩序だてることができるからである。(中井久夫「発達的記憶論」『徴候・記憶・外傷』所収 ーー「ある臨界線以上の強度のトラウマ」)

…………

以下は、「現勢神経症と原抑圧・サントーム」から引き続く内容である。まずそこで掲げたフロイトのいくつかの文から次のふたつを再掲しよう。

…現勢神経症 Aktualneurose の症状は、しばしば、精神神経症 psychoneurose の症状の核であり、そして最初の段階である。この種の関係は、神経衰弱 neurasthenia と「転換ヒステリー」として知られる転移神経症、不安神経症と不安ヒステリーとのあいだで最も明瞭に観察される。しかしまた、心気症 Hypochondrie とパラフレニア Paraphrenie (早期性痴呆 dementia praecox と パラノイア paranoia) の名の下の…障害形式のあいだにもある。(フロイト『精神分析入門』1916-1917)
精神神経症と現勢神経症は、互いに排他的なものとは見なされえない。(……)精神神経症は現勢神経症なしではほとんど出現しない。しかし「後者は前者なしで現れるうる」(フロイト『自己を語る』1925)

これらのフロイトの叙述を元にして、ヴェルハーゲが次のように言っているのも見た。

フロイトの論拠では、「精神病理」的発達は、どの発達の出発点としての「現勢病理」の核の上への標準的継ぎ足しである。これらの二つは、単一の連続体の二つの両極端として考えられなければならない。どの「精神病理」も「現勢病理」の核を含んでおり、どの「現勢病理」も潜在的に「精神病理」へと進展する。(Lecture in Dublin, 2008 (EISTEACH) A combination that has to fail: new patients, old therapists Paul Verhaeghe(PDF)

要するに、現実神経症スペクトラムである。DSMには、自閉症スペクトラムという概念があるのは知っていたが、最近のDSM-5では、さらに分裂病スペクトラム(Schizophrenia Spectrum 統合失調症スペクトラム)という概念もあるらしい。

いまやなんでもスペクトラムであるがーーそもそも現代ラカン派というのは、言ってしまえば、妄想スペクトラムだ(参照:Miller, J.-A. (2009)ーー、上にフロイト自身が現勢神経症/精神神経症を心気症 Hypochondrie /パラフレニア Paraphrenie としつつ、なおかつその区分が「単一の連続体」なら、スペクトラムはフロイトにすでにある。

そしてフロイトの上に掲げた叙述に則って、パラフレニアは分裂病とパラノイア等々を包含するのなら(もっともフロイトのパラフレニアの定義には異論があるのを知らないではないがここでは割愛する)、心気症(実際には神経衰弱・不安神経症・心気症)を基盤とする現実神経症のほうがより「根源的」スペクトラムである。

割愛すると記したが、次のような図を少し前に拾ったので、ここに参考のため(つまりこれ自体異論がある)掲げておこう(Reading… Seminar III)。


そして、次のような指摘もある。

Lacan のいう「パラノイア(paranoia)」は、E.Kraepelin のパラフレニーとパラノイアを一括して捉える概念であり、つまるところ症例 Schreber のような、急激に痴呆化に至ることのない妄想優位の精神病を指している。(要素現象の概念――統合失調症診断学への寄与――松本卓也,加藤 敏 ,2012)
ラカンの精神病理論において、症状安定化のための三つの異なった理論が分節化されている。想像的同一化、妄想形成、補充(穴埋め suppléance)である。(Fabien Grasser (1998). Stabilizations in psychosis )

ここにある穴埋めに焦点を絞れば、ラカン理論は父の名スペクトラムである。いや場合によっては倒錯スペクトラムでもよい。

倒錯とは、欲望に起こる不意の出来事ではない。すべての欲望は倒錯的である。享楽がけっしてその場ーーいわゆる象徴秩序が欲望をそこに置きたい場のなかにないという意味で。そしてこれが、ラカンが後に父の隠喩についてアイロニカルであった理由だ。彼は言う、父の隠喩もまた倒錯だ、と。彼は、父の隠喩をpère-version と書いた。…父へと向かう動き [vers le père]と。(JACQUES-ALAIN MILLER: THE OTHER WITHOUT OTHER、2013)

さて、冗談?ーーつまり「スペクトラム冗談」だが、これはほんとうにジョークなのだろうか? だとしたら DSM 自体がジョークなのではないか?ーーはこの程度にしてここでの話題に入ろう。

フロイト理論における「現勢神経症 Aktualneurose」とは、欲動から来る興奮を象徴的な仕方でーー言語に代表されるツールでーー加工することの不可能性にかかわる。

とすれば言語を使用しない、つまり象徴界の住人ではなく、想像界・現実界の住人である動物(参照:犬と人間(記号とシニフィアン))に「神経症」があるとしたら、現実神経症だろう。

すなわち、下にやや長くかかげる引用文で、中井久夫が動物の「神経症」と言っている内容が、おそらくほぼ人間の「現勢神経症」のことであるのではないか。≪一般に神経症こそ生物に広く見られる事態である≫。阪神淡路大震災において≪多くのペットの受けたダメージはその飼い主であるヒトをはるかに凌ぐものであった≫。

世界を減圧し、貧困化する言語をもたない動物が、ヒトよりも外傷的出来事を強く刻んでもなんの不思議でもない。

なおかつ、中井久夫の下の文には、次のような記述がみられる。

私が挙げた動物症例では、ペットに比して飼い主の地震に対する反応は非常に軽い。それはどうしてであろうか。さまざまな付随的事情が飼い主に有利なこともあろうが、ヒトが開発した言語の存在が大きいと思われる。

この言語によって欲動興奮を処理した後のなんらかの障害ーーフロイト用語を使えば、代表的には、後期抑圧、あるいは防衛による障害ーーが、「精神神経症 psychoneurose」の領野にあたるはずだ。

さて、中井久夫の動物の神経症をめぐるエッセイから、である。

一般に神経症こそ生物に広く見られる事態である。その点は内因性精神障害と対照的であると私は思っている。私は獣医学にうといので、私自身の観察を挙げる。

1995年1月17日未明の阪神淡路大震災の直後から、私は折にふれてペットを観察した。多くのペットの受けたダメージはその飼い主であるヒトをはるかに凌ぐものであった。この地域は六甲山の北側であって地盤がよく、家屋損傷に留まり、震度は5程度であったかと思われる。
〔症例1〕 ある裕福な家庭のゴールデン・リトリーヴァーは、せっかくの訓練が全部抜けてただの甘え犬になった。初対面の私にもすりよってきた。(……)

〔症例2〕 一軒屋の家屋に接した犬小屋にいた雑種犬は、通りかかる人にいつも垣根の端から端まで吠えていた犬であった。震災の朝も彼は繋がれていなかったと思われる(……)が、道に面した凸レンズ形の庭石の上に「忠犬ハチ公」の姿勢で不動であり、前に立つ私を眼にもとめなかった。8カ月後にようやく私を認めて一声弱々しくワンと吠えた。彼が石を離れた時1年を越えていた。2、3年後には多少は吠えるようになっていたが、かつての元気が戻ることはなかった。(……)

〔症例3〕 震度6―7の地域のマンションの2匹の飼い猫である。若い1匹は本に押しつぶされたが、8歳のもう1匹は機敏に安全な場所に逃れた。大学英文科教授の夫人は、猫がおかしい行動をすると私に語った。その後まもなく、彼は、夫婦を起こすようになり、起きるまで髪の毛を前肢で掻くのであった。(……)起こすのは、朝の5時台で、必ず震災の起こった5時46分より前であった。(……)ちなみに、朝寝坊であった私も、震災以後、強力な睡眠薬を使用した数度を除いて、必ず、5時46分以前に目覚めて今に至っている。ちょうど、その時刻に目覚めることがある。このことを意識したのは、この猫をみて以来であった。最近、時刻の生物時計の全身細胞への分布が明らかとなっている。……

〔症例4〕 垣根の中で放し飼いだった2匹の犬は、震災直後も前同様、通りかかる私に吠えてやまなかった。この犬の飼い主にたまたま会った。犬は2匹とも2年以内に亡くなっていた。
(……)私が挙げた動物症例では、ペットに比して飼い主の地震に対する反応は非常に軽い。それはどうしてであろうか。さまざまな付随的事情が飼い主に有利なこともあろうが、ヒトが開発した言語の存在が大きいと思われる。言語は伝承と教育によって「地震」という説明を与えた。家族、近隣との会話を与えた。そして、ヒトの五官は動物に比べて格段に鈍感である。それは大脳新皮質の相当部分が言語活動に転用されたためもあり、また、そもそも、言語がイメージの圧倒的な衝拍を減圧する働きを持っていることにもよるだろう。

しかし、ここで、心的外傷がヒトにおいても深く動物と共通の刻印を脳/マインドに与えるものであることは考えておかなければならない。記憶はそもそも五官ではなしえない「眼の前にないものに対する警告」として誕生した可能性がある。外傷性記憶は特にそうである。その鮮明な静止的イメージは端的な警告札である。一般にイメージは言語より衝拍が強く、一瞥してすべてを同時的に代表象REPRESENTしうる。人間においてもっとも早く知られたフラッシュバックは覚醒剤使用者のそれである。そもそも幼児記憶も同じ性格を帯びており、基本的な生存のための智慧はそれによって与えられている。外傷性記憶が鮮明であるのに言語的な表現が困難であるのは、外傷という深く生命に根ざした記憶という面があってのことと思われる。「回避」はもっとも後まで残る症状とされるが、これは動物が主にそれによって行動するような言語以前の直観によるものであると私は思う。私がなぜ回避するかは、理屈はつけられるだろうが、実状は「いやーな感じ(あるいは恐怖のようなもの)がしてどうしても足が向かない」のが回避である。したがって、心的外傷は、言語によって知られる他の精神障害の多くより伝達性に乏しい。言語化しにくいだけではない。痛みというものは訴えても甲斐がない。(中井久夫「トラウマについての断想」初出2006『日時計の影』所収)

このエッセイには、現実神経症、すなわち現勢神経症という言葉も出てくる。

現実神経症と外傷神経症との相違は、何によって規定されるのであろうか。DSM体系は外傷の原因となった事件の重大性と症状の重大性によって限界線を引いている。しかし、これは人工的なのか、そこに真の飛躍があるのだろうか。

目にみえない一線があって、その下では自然治癒あるいはそれと気づかない精神科医の対症的治療によって治癒するのに対し、その線の上ではそういうことが起こらないうことがあるのだろう。心的外傷にも身体的外傷と同じく、かすり傷から致命的な重傷までの幅があって不思議ではないからである。しかし、DSM体系がこの一線を確実に引いたと見ることができるだろうか。(同「トラウマについての断想」)

中井久夫は、2000年にもすでに次のように記している。

動物は端的に苦痛を表出し、強迫とヒステリー行動を示し、生命にかかわる拒食や変形を残す自傷を行い、時に死ぬが、また適切な精神療法に反応し、臨床心理士の実習に取り入れてよいとさえ思われる。ただ、擬人化した思い込みは、ある程度は人間の本性に根ざしたもので避け難い。しかし、その自覚は必要だろう。

「我慢する」動物ゆえに、ヒトの外傷は動物よりも発見が困難である。外傷的原因が特定できる阪神・淡路大震災においても、精神科医たちは初めPTSDが非常に少ないという印象を持った。それは、一つは「PTSD(Rを含む)にかかっている精神科医はPTSD(R)を診断することが困難である」という点にある。これは災害時だけでなく、自身に傷口が開いたままの外傷を持っている治療者には平時においても起こることと考えなければならない。(「トラウマとその治療経験」『徴候・外傷・記憶』P.95)

…………

※付記

ACTUAL NEUROSIS AND PTSD(Paul Verhaeghe and Stijn Vanheule,2005、PDF)より

精神分析のまさに始まりから、フロイトは異なった診断上の区別を導入した。彼はその区別を生涯の全著作を通して保持した。一方で、彼が、Abwehr-Neuropsychosen、すなわち防衛の精神神経症と呼ぶものを叙述した (Freud, 1894,1896)。この障害の起源は、精神的 psychical 領域に位置づけられる。すなわち幼児性愛の表象的・防衛的エラボレーションに位置する。精神神経症に結びついた症状は、この文脈にて、解釈・理解されうる意味を持っている。ここでの中心的考え方は、性的欲望にかかわる相剋とこの相剋に対する防衛である。

他方、フロイトは Aktualneurosen(現勢神経症)を区別した。この起源はまた性的なものである。が、全く異なった仕方のものだ。現勢神経症の典型的な特徴は、症状の上部構造の不在、そしてそれに関連したセクシャリティに関する表象的発達の不在である。症状はソマティック(流動する身体)の現象に限定されている。その症状はどんな付加的意味もない。中心的臨床現象は、自動的な不安と不安のソマティック等価物である(Freud, 1895,1896)。

フロイトはその後の彼の経歴の道程にて、精神神経症という最初のグループに主に携わった。彼は現勢神経症のグループのエラボレーションをしなかった。それは、フロイトがその仕事の最後まで現勢神経症の存在を確信していたにもかかわらず、である。この注視欠如の理由は、大部分は実践的なものだ。すなわち、現勢神経症のグループは、その当時の彼の精神分析的治療に適していなかった。結局、現勢神経症の場合、症状の上部構造と表象的発達が不在であるため、分析するものは単純に何もない。

(…)それにもかかわらず、フロイトはこの現勢神経症のグループを詳述することを辞めない。その病因学にかんして数多くの仮説を形式化した。

現勢神経症の領野内で、フロイトは神経衰弱と不安神経症とのあいだの区別をした。後に、心気症を付け加えた(Freud, 1914)。これらの例すべてにおいて、決定的原因は、欲動から来る内的緊張あるいは圧迫感、この欲動を精神的にエラボレーションすることの不可能性と繋がっている。これは、原不安と/あるいは不安等価物をもたらす。(ヴェルハーゲ他、2005、私訳)

そして、次のような文が続く。

人が、現勢神経症についてのフロイトの叙述と DSM–IV における PTSD の叙述を比較するとき、すぐさま数多くの類似性が現れる。まず、現勢神経症と PTSD の両方とって、中心的な臨床現象は不安である。この理由で、DSM–IVにおいて、PTSD は不安障害の見出しのもとに分類されている。この不安の特性はまったく典型的なものだ。すなわち、この不安の精神的加工がない。PTSD の DSM–IV 評価基準に叙述されている恐怖・無力・戦慄は、フロイトにおける不安神経症とパニックアタックの不安とそっくりである。……

とはいえ、10年前の論文であり、なおかつ現在はすでに新しく DSM–Vがでて、たとえば「不安障害」という用語が「不安症」に変わったりしているそうだから、ーーそしてわたくしはその内容をまったく知らないのでーー私訳はこのあたりでとどめておく。

いずれにせよ、いまだほとんど誰もが注目していない現勢神経症/精神神経症という視点からわれわれの症状を眺めると、いささか「風景」が変わってみえるのではないか。

解釈する視線が解釈される風景による解釈をすでに 蒙った解釈される視線でしかなく、つまり視線が世界の物語を語る話者である以前にそれじたいが物語の説話論的要素として風景の一部に分節化されてしまって おり、したがって視線が分節化する風景の物語は風景が分節化する視線の物語にそれと知らずに汚染しているということ、しかもその事実によって視線同士がた がいに確認しあう風景の解釈は、遂に風景が語る物語を超えることがないという視点は、なにも科学史という「知」の一領域に限らず、こんにち、「文化」と呼ばれる「制度」のあらゆる領域で問題とされているごく退屈な議論にすぎないことは誰もが知っている。(蓮實重彦「風景を超えて」『表層批評宣言』所収ーー無垢の視線という神話
T.クーンらに代表される近年の科学史家は、観察そのものが「理論」に依存していること、理論の優劣をはかる客観的基準としての「純粋無垢なデータ」が存在しないことを主張する。すなわち、経験的データが理論の真理性を保証しているのではなく、逆に経験的データこそ一つの「理論」の下で、すなわち認識論的パラダイムの下で見出される、と。そして、それが極端化されると、「真理」を決定するものはレトリックにほかならないということになる。(柄谷行人『隠喩としての建築』)

◆「精神医学」と「精神看護」の出会い  中井久夫氏を囲んで(2001)より

中井久夫)看護大学で講義をしていて,最も講義しにくいのが神経症です。

 僕は看護大学では,《発達》にしたがって現れる神経症を教える時は,まず黒板に線を引きます。そして,例えば「“チック”というのは,治る能力が備わらないと出てこない」とか,「離人症は,“自分を見つめる自分”とかがないと出てこない」というように講義していました。

 しかしそうすると,昔でいう「ヒステリー」などはそこに収まらないわけです。そこで,それは一応《退行》,つまり“赤ちゃんがえり”として説明してみて,それに外傷神経症などを加えて解説しています。

 その助けになったのは,ヤングという人で──今度『PTSDの医療人類学』(みすず書房)という本を翻訳しましたが──,彼はDSM体系ではフロイトの精神神経症を否定しただけだと言っています。

 「フロイトは現実神経症と外傷神経症もあげているけれども,それには目が及んでいない,この2つは浮いているんだ」と書いているので,私もチョッピリ味方を得たような気になりました。



2016年5月30日月曜日

現勢神経症と原抑圧・サントーム

以下、メモ

◆Lecture in Dublin, 2008 (EISTEACH) A combination that has to fail: new patients, old therapists Paul Verhaeghe(PDF)

「現勢病理」の共通の分母は、興奮、あるいは緊張が、心理学的-表象的な仕方で、加工されえないという事実である。フロイトにとって、これは、当時の精神分析では治療は不可能であることを意味した。言葉上の、いや象徴的素材さえもがないので、分析するものは何もない。フロイトの論拠では、「精神病理」的発達は、どの発達の出発点としての「現勢病理」の核の上への標準的継ぎ足しである。これらの二つは、単一の連続体の二つの両極端として考えられなければならない。どの「精神病理」も「現勢病理」の核を含んでおり、どの「現勢病理」も潜在的に「精神病理」へと進展する。

私の読解では、この古典的なフロイトの区分は、もし我々が処方と病理学上の両レヴェルで、彼の理論を拡大するなら、新しい症状と古典的な症状とのあいだの相違である。「現勢病理」に関して、ラカン的観点からみるなら、興奮を表象へ移行することの典型的な失敗が意味するのは、主体と大他者とのあいだの関係において、何かうまくいっていないものがある、ということだ。とくに、主体形成、あるいはアイデンティティ発達の過程における欠陥である。結果として、アイデンティティの水準での問題に遭遇する。不可欠な展開は臨床的多様性にかかわる。フロイトは、不安神経症と神経衰弱(現代のパニック障害と身体化somatization)しか叙述していない。しかし、これらのみが「現勢神経症」の可能な形式ではない。私の見解では、全ての境界性パーソナリティ障害とトラウマ神経症の殆どを付け加えなければならない。この表象の不可能性は、我々分析家をとても困難な状況に置く。というのは、それが意味するのは、我々は通常の精神分析的アプローチを適用しえないということだから。(ヴェルハーゲ、2008、私訳) 

「現勢神経症/精神神経症」(現勢病理/精神病理)をめぐるフロイト自身の言葉を抜き出せば、次の通り。

…現勢神経症 Aktualneurose の症状は、しばしば、精神神経症 psychoneurose の症状の核であり、そして最初の段階である。この種の関係は、神経衰弱 neurasthenia と「転換ヒステリー」として知られる転移神経症、不安神経症と不安ヒステリーとのあいだで最も明瞭に観察される。しかしまた、心気症 Hypochondrie とパラフレニア Paraphrenie (早期性痴呆 dementia praecox と パラノイア paranoia) の名の下の…障害形式のあいだにもある。(フロイト『精神分析入門』1916-1917)
精神神経症と現勢神経症は、互いに排他的なものとは見なされえない。(……)精神神経症は現勢神経症なしではほとんど出現しない。しかし「後者は前者なしで現れるうる」(フロイト『自己を語る』1925)
……もっとも早期のものと思われる抑圧(原抑圧:引用者)は 、すべての後期の抑圧と同様、エス内の個々の過程にたいする自我の不安が動機になっている。われわれはここでもまた、充分な根拠にもとづいて、エス内に起こる二つの場合を区別する。一つは自我にとって危険な状況をひき起こして、その制止のために自我が不安の信号をあげさせるようにさせる場合であり、他はエスの内に出産外傷と同じ状況がおこって、この状況で自動的に不安反応の現われる場合である。第二の場合は根元的な当初の危険状況に該当し、第一の場合は第二の場合からのちにみちびかれた不安の条件であるが、これを指摘することによって、両方を近づけることができるだろう。また、実際に現れる病気についていえば、第二の場合は現勢神経症の原因として現われ、第一の場合は精神神経症に特徴的である。

(……)外傷性戦争神経症という名称はいろいろな障害をふくんでいるが、それを分析してみれば、おそらくその一部分は現勢神経症の性質をわけもっているだろう。(フロイト『制止、症状、不安』1926,旧訳P.356、一部訳語変更「現実神経症→現勢神経症」等)

「もっとも早期のものと思われる抑圧(原抑圧)」が「現勢神経症の原因」とある。原抑圧とは、後期ラカン理論の≪「一」のシニフィアン=文字=対象a≫かつ、身体の出来事=サントームである(参照:原抑圧・原固着・原刻印・サントーム)。

事実、ラカンは、セミネール23において、聴衆のひとりからのサントームをめぐる質問に答えるなかで、「原抑圧 Urverdrängung」と口に出している(参照:ふつうの妄想・ふつうの父の名・原抑圧の時代)。

Il n'y a aucune réduction radicale du quatrième terme. C'est-à-dire que même l'analyse, puisque FREUD… on ne sait pas par quelle voie …a pu l'énoncer : il y a une Urverdrängung, il y a un refoulement qui n'est jamais annulé. Il est de la nature même du Symbolique de comporter ce trou, et c'est ce trou que je vise, que je reconnais dans l'Urverdrängung elle-même.(S.23)

原抑圧とは実際は原刻印のことであり、原症状のことである。ここで初期フロイト概念Somatisches Entgegenkommenーー「身体側からの対応」とフロイト旧訳では訳されているが、英訳ではsomatic complianceであり、これは「(流動する)身体 soma の服従」とでもできるだろうーー この語は「欲動の固着」のことでもある。これが晩年のラカンの「身体の出来事 un événement de corps」=文字=サントームでなくてなんであろう。

【無意識は文字】l'inconscient peut se traduire par une lettre
C'est ce qui de l'inconscient peut se traduire par une lettre, en tant que seulement dans la lettre, l'identité de soi à soi est isolée de toute qualité.

De l'inconscient, tout Un… en tant qu'il sustente le signifiant en quoi l'inconscient consiste …tout Un est susceptible de s'écrire d'une lettre. Sans doute, y faudrait-il convention.

Mais l'étrange, c'est que c'est cela que le symptôme opère sauvagement : ce qui ne cesse pas de s'écrire dans le symptôme relève de là. (Lacan,S.22)


【文字はS1】
Après quoi, il est clair que ce savoir exige au minimum deux supports, n'est-ce pas, qu'on appelle termes, en les symbolisant de lettres.

D'où mon écriture du savoir comme se supportant de S… non pas à la deuxième puissance …de S avec cet indice qui le supporte, cet indice d'un petit 2 dans le bas… ça n'est pas le S au carré …c'est le S « supposé être 2 » : S2.

La définition que je donne de ce signifiant, comme tel… et que je supporte du S indice 1 : S1 …c'est de représenter un sujet, comme tel, et de le représenter vraiment. (Lacan,S.23)

ここでのS1は、おそらくミレールの言う「たったひとつきりのシニフィアン signifiant tout seul」のこと。

逆方向の解釈によって取り出されるのは、他の誰とも異なる、それぞれの主体に固有の享楽のモード、すなわち、「ひとつきりの<一者>」と呼ばれる孤立した享楽のあり方である。精神病の術語をもちいれば、それは他のシニフィアンS₂から隔絶された、「ひとつきりのシニフィアンS₁」としての要素現象であり、自閉症の用語をもちいれば、それはララング(S₁)を他のシニフィアン(S₂)に連鎖させることなくララング(S₁)のまま中毒的に反復する事に相当するだろう。いずれの場合でも、そこで取り出されているのは無意味のシニフィアンであり、そこに刻まれている各主体の享楽のモードである。ミレールがいうように、現代ラカン派にとって、「症状を読む」こととは、症状の意味を聞き取る=理解することではなく、むしろ症状の無意味を読むことにほかならないのである。(松本卓也『人はみな妄想する』)

ここでの要素現象にも注目しておこう。この前期ラカンの概念「要素現象 phénomènes élémentaires」とは、結局、原抑圧にかかわる。そして後期ラカンの「文字」と等価だと思われる。

要素現象は、主体が象徴界のなかの穴に遭遇し、その後引き続いて発生するシニフィアンである。ミレール(2008)によれば、要素現象は、隠喩と換喩の不在のせいによる意味作用の失敗によって特徴付られる(穴と欠如との相違については末尾引用有り)。  

これは、≪ララングと身体のなかの享楽との純粋遭遇≫(ミレール、2012)とも言い換えられる。

(精神分析において)解釈をもたらすのは、ララングの水準においてだ。

« C'est au niveau de lalangue que porte l'interprétation » (Lacan, Le phénomène lacanien ,1974ーー中井久夫とラカン)

ところで、ラカンのセミネール20には、stoïkeïonという語がある。
……le terme στοιχεῖον [stoïkeïon] : élément [élément premier→ élémentaire] soit surgi d'une linguistique primitive[cf. RSI, 18-02-1975], ce n'est pas pour rien : le signifiant 1[S1] n'est pas un signifiant quelconque, il est l'ordre signifiant en tant qu'il s'instaure de l'enveloppement par où toute la chaîne subsiste. (Lacan,Séminaire ⅩⅩ ーー参照)

この原要素 στοιχεῖον[stoïkeïon] とは、ブルース・フィンクの「アンコール」英訳注によれば、要素 element、原要素 principal constituent、文字 letter 等々のこと。


【文字は対象a、かつ「一の徴」(trait unaire, einziger Zug )】
 La seule introduction de ces nœuds bo, de l'idée qu'ils supportent un os en somme, un os qui suggère, si je puis dire, suffisamment quelque chose que j'appellerai dans cette occasion : « osbjet », qui est bien ce qui caractérise la lettre dont je l'accompagne cet « osbjet », la lettre petit a.

Et si je le réduis - cet « osbjet » - à ce petit a, c'est précisément pour marquer que la lettre, en l'occasion, ne fait que témoigner de l'intrusion d'une écriture comme autre, comme autre avec, précisément, un petit a.

L'écriture en question vient d'ailleurs que du signifiant. C'est quand même pas d'hier que je me suis intéressé à cette affaire de l'écriture, que j'ai en somme promue la première fois que j'ai parlé du trait unaire : einziger Zug dans FREUD. (Lacan,S.23)

……………………

ラカンは「文字」、あるいは対象 a を、主人のシニフィアン S1 と等価とする。それは次の条件においてである。すなわち、この S1 は S2 (他の諸シニフィアンの一群)から 隔離されたものとして理解されるという条件において。「文字」S1 は、S2 とつながった時にのみ、ひとつのシニフィアンに変換される。 (ヴェルハーゲ、2002ーー欠如 manqué から穴 trou へ(大他者の応答 réponse de l'Autre から現実界の応答 réponse du réel へ)
穴の概念は、欠如の概念とは異なる。この穴の概念が、後期ラカンと以前のラカンとを異なったものにする。

この相違は何か? 人が欠如を語るとき、空間は残ったままだ。欠如とは、空間のなかに刻まれた不在を意味する。欠如は空間の秩序に従う。空間は、欠如によって影響を受けない。これがまさに、ある要素が欠けている場に他の諸要素が占めることが可能な理由である。その結果、人は置き換えすることができる。置き換えとは、欠如が機能していることを意味する。

欠如は失望させる。というのは欠如はそこにはないから。しかしながら、それを代替する諸要素の欠如はない。欠如は、言語の組み合わせ規則における、完全に法にかなった権威である。

ちょうど反対のことが穴について言える。それは、ラカンが後期の教えでこの概念を詳述したように。穴は、欠如とは反対に、空間の秩序の消滅を意味する。穴は、組み合わせ規則の空間自体の消滅である。これが、Ⱥの最も深い特性である。Ⱥ は、ここで(以前のラカンと異なって)、大他者のなかの欠如を意味しない。そうではなく、むしろ大他者の場のなかの欠如、つまり穴、組み合わせ規則の消滅である。穴との関連において、外立がある。それは、残余にとっての正しい場であり、現実界の正しい場、すなわち意味の追放の正しい場である。(ジャック=アラン・ミレール,Lacan's Later Teaching、2002、私訳)

2016年5月29日日曜日

移り変わる空間 transitional space

……私は精神分析実践とほとんど恐怖症の関係にあるんだ。決してあんなことをしたい気はないね。

ーーけれど、あなたはミレールに分析を受けに行ったではないですか?

そう、でもひどく倒錯的で奇妙な分析だった。私が分析に行ったのは、個人的理由のせいだ。不幸な恋愛、深い、深い、とっても深い危機に陥ったせいだ。分析は、純粋に官僚的仕方でなされた。ミレールは私に言う、次週来るように、明日の午後5時に来るように、と。私は、約1ヶ月の間、本当に自殺したい気分だった。この思いは、ちょっと待て! と囁いた。自殺するわけにはいかない、というのは、明日の5時にミレールのところに行かなくちゃならないから。義務の純粋に形式的官僚構造が、最悪の危機を生き延びさせてくれた。…(Parker, (2003) ‘Critical Psychology: A Conversation with Slavoj Žižek、私訳)



ぼくはヴェルトが打ち明けてくれたことを思い出す、彼がノイローゼにかかっていた頃のことで、ファルスの診察室にわりと足繁く通っていた。「あんなところに通うとろくなことはないよ」…彼はまさにそのために動顛させられた…「彼に自分の今までの出来事を話しているうちに」、ヴェルトはつけ加えて言った、「突然わかったんだ、気のふれた奴とおしゃべりするなんて、ぼくはとんでもない阿呆だって」…明快な話さ…(ソレルス『女たち』鈴木創士訳)





…………

◆CONTRAINDICATIONS TO PSYCHOANALYTICAL TREATMENT、Jacques-Alain Miller、2003、PDF

ここに分析家 P氏がいる。彼はある女性の患者を 5年のあいだ診察している。P氏は彼女を寝椅子に横たえ、彼はその後ろで肘掛け椅子に座る。彼女は週3度訪れる。人は信じうるかもしれない、これが「純粋精神分析」だと。もっとも 2セッション不足しているが。患者は 5年間、どんな変化の徴候も示していないという事実を除外して。

彼女は単調で反抗的独白にてセッションを埋める。一連のセッションにて、彼女は微に入り細を穿ち語る。彼女に起こったことは何でも。分析家 P氏は、通常、解釈と呼ばれるものを彼女に語りかけようとする。彼女は話を中断し、彼に話させる。それは終わったら、独白を再開する、「まるで何もなかったかのように」とP氏は言う。

短いセッション・長いセッション・解釈あるいは介入・扇動あるいは激励ーーどれも全く機能しない。分析家 P氏は途方に暮れた。彼はもはやさっぱり分からない。なぜ彼女がそこにいるのか、なぜ彼はそこにいるのか、彼は誰でいったい何をしているのか。それにもかかわらず、彼は堪えた。というのは彼は覚えているからだ。患者が彼に会いに来る前、同僚の精神科医と一緒にいた。彼は約1年ほど彼女を診た。その後、彼は彼女を追い返した。彼は彼女に言った、「あなたはここでは何もすることがない」と。

自殺未遂が起こった。P氏は、患者の臨床変化にかんして、もはやどんな希望もなかった。にもかかわらず、彼は彼女を追い返さなかった。彼はまだ覚えていた、とても昔に彼女がかつて一度言ったある事を。「ここに来ることは、私にとって、狂気に陥らないための支えなの。父がそうなったような狂気に」。彼にとってこれで充分である。もちろんそうだ。彼は他には何もない。

これは純粋精神分析だろうか? いや、確かにそうではない。これは治療だろうか? 全くはっきりしない。これは経験だろうか? 経験を締め出しているわけではない。が、何もその徴候がない。しかし誰がいるだろう、分析家を除いて、このゲームの役割を担う人物が? ここに彼が自らを対象(対象a)に化身させた力能がある。その対象のまわりに、いくら空しいものに見えようと、患者の語りはぐるぐると巻きつく。彼は、疑いもなく、患者についてそれ以上のことは何もわからない。

精神分析家-対象を以って、精神分析は空洞のための場、間隙のあいだにある空間を提供する。そこでは、制限された時間内で、患者は主体となる機会を持つ。すなわち、それをしなかったら患者を同定しているあり方、その存在の欠如をもたらす機会を持つ。もしあなたがたが望むなら、ウィニコット用語を使ってもよい、移り変わる空間 transitional space と。純粋な見せかけ semblant の場、日常生活の裏面 [ l'envers] のような場。そして、そこで主体は絶え間なく駆り立てられて戻ってゆくーー、意味 sense の生誕へと、主体の最初のさえずり(喃語 babblings)へと。それは偶然性の場であり、必然性はその握りこぶしをゆるめる。そしてこれはまさに可能性の場だ。

もし主体がこの経験にてなすことが何もないにしてさえ、それにもかかわらずセッションは可能性の場である。その場にて何の変化もないかもしれない。だが移行は常に可能だ。

この理由で、分析家との出逢いは主体にとって測り知れない価値を証している。それが不可能な精神分析の場合でさえ。(ミレール、2003、私訳)

2016年5月28日土曜日

「ラカン」を読むときには、手袋をはめたらよい

ある時期まで、ラカンはフロイトのエディプス理論を立証し増幅あるいは拡張した。彼は、父性隠喩の公式とともに構造主義的用語を以て、子どもが母から解放されるメカニズムを描いたのだが、それは父自身の介入ではなく彼が「父の名 le‐Nom‐du‐Père」と呼ぶところのものによってである。

この概念の宗教的含意(コノテーション)は、大文字の使用によって強調されているようにひどく鮮明であり、ほとんど自動的な嫌悪感をもたらしうる。ラカンの反-母性的見解は、その家父長制の密かな神格化と相俟って実にきわめてカトリック教義を連想させる (Tort, 2000)。もし人がこの嫌悪感をなんとかやり過ごすのなら、この公式にフロイト理論との二つの主要な相違を見出すだろう。…… → 続き.(PAUL VERHAEGHE,new studies of old villains A Radical Reconsideration of the Oedipus Complex、2009、)

――このことから結果として生ずるのは何か? 「ラカン」を読むときには、手袋をはめたらよいということである。かくもはなはだしい不潔さの近くではほとんどそうせざるをえない。(ニーチェ『反キリスト者』ーーおわかりのように一語のみ変更)

いくらラカン派がデリダを馬鹿にしてもお里は知れている。

ラカンによる不安の定義は厳密な意味で、「欠如の欠如」 manque du manque (後引用)である。それは、情け容赦なくデリダの主張を論破する。デリダによれば、ラカンの「男根至上主義的」主体理論において、《何かがその場所から喪われている。しかし欠如(ファルス)は決してそこから喪われていない》(J. Derrida, Le facteur de la vérité)と。

デリダの問題は、ラカンの現実界の次元を全く分かっていないことだ。デリダは、欠如を、大他者の大他者を支える内-象徴的要素 intrasymbolic element として、常に考えているように見える。(Subjectivity and Otherness: A Philosophical Reading of Lacan, by Lorenzo Chiesa、私訳)


いくらラカンが勘弁してくれ、と語っても詮無き事。

無意識の形成物についてフロイトが言うことを再現するために、私が文字を使って書き記したことからは、無意識の形成物とは結局シニフィアンの効果であるので、 文字をシニフィアンにすることも、 さらにはシニフィアンにたいして 文字に原初性を与えることも許されない。(訳注:デリダへの批判

このように混乱したディスクールは、私を導入する[importer]ディスクールからしか生まれなかった。だが、それ が私を導入するのは、 後になって私が大学のディスクールとして、 つまり、 見せかけから出発して使用される知として取 りだしたもう一つのディスクールのなかにである。 私が扱う経験はそれとは違うディスクールによってしか位置づけされないという感覚が少しでもあれば、このよう な混乱したディスクールを、 言いだすことは避けられたであろう。 それが私のものだとは認めていないが、 それは勘弁していただきたいものだ。今言った意味で私を導入することは、私を煩わす[importuner]ことには変わりない。 (ラカン、リチュラテール lituraterre、1971、向井雅明訳)

勘弁していただきたいものだ[Qu'on me l'épargne Dieu merci !]だと?
--なんだ!こんなところまで「神」がいるじゃないか
やはり手袋どころか鼻をつまんで読まなくてはならぬ!

誤魔化してもだめだ、父の名やらファルスやらに、デリダの鼻はかぎわけたのだーー彼がたぶんたいして鋭敏な鼻ではなかったにしろーー、ラカンから漂う耐えがたい悪臭を!

最後に、わたしの天性のもうひとつの特徴をここで暗示することを許していただけるだろうか? これがあるために、わたしは人との交際において少なからず難渋するのである。すなわち、わたしには、潔癖の本能がまったく不気味なほど鋭敏に備わっているのである。それゆえ、わたしは、どんな人と会っても、その人の魂の近辺――とでもいおうか?――もしくは、その人の魂の最奥のもの、「内臓」とでもいうべきものを、生理的に知覚しーーかぎわけるのである……わたしは、この鋭敏さを心理的触覚として、あらゆる秘密を探りあて、握ってしまう。その天性の底に、多くの汚れがひそんでいる人は少なくない。おそらく粗悪な血のせいだろうが、それが教育の上塗りによって隠れている。そういうものが、わたしには、ほとんど一度会っただけで、わかってしまうのだ。わたしの観察に誤りがないなら、わたしの潔癖性に不快の念を与えるように生れついた者たちの方でも、わたしが嘔吐感を催しそうになってがまんしていることを感づくらしい。だからとって、その連中の香りがよくなってくるわけではないのだが……(ニーチェ『この人を見よ』手塚富雄訳)


コルクだと? せっかくのワインが台無しである・・・

ラカンの格言、《象徴的大他者の大他者はない》が最初に意味することは、象徴的大他者は、どんな大他者の外的支え(父の名の普遍的法)によっても正当化されないということである。象徴界が非全体 pas-tout である限り、象徴界に関するリアルな他者性はもはやあり得ない。

言い換えれば、セミネールⅦ に反して、ラカンにとって、象徴界によって殺害された「原初の一者」などない。「純粋な」原初の現実界 réel primordial (本当の現実界 real Real)などない。象徴界の現実界 the Real-of-the-Symbolic の局面の彼方、すなわち(想像界と連結した)象徴界に「穴を開ける」現実界の残余の局面の彼方に、原初の現実界 réel primordial などない。

さらに私は強調しなければならない。ラカンにとって「原初の一者」--あるいは「本当の現実界 real Real」は、「非一者 not-one」であると。それは「一者として数える」ーーバディウ用語: compte-pour-un:参照ーーことが出来ない限り。すなわち、それは、実際にはゼロである。セミネール XXIII の鍵となる文節で、ラカンはこう指摘している。《現実界は全きゼロの側に探し求められなくてはならない》(参照)、というのは、《燃えている火[享楽の塊の蜃気楼]はたんに現実界の仮面》だから。

我々はこのゼロを、ただ遡及的にのみ考えうる。「偽の」象徴的/想像的「一者」(ラカンが「見せかけ semblant」と呼んだもの)の立場から遡及的にのみ捉えうる。…ゼロとは何ものでもない。しかし、限定された「偽の一者」の視野からのみの何かである。物自体はそれ自体、無-物である。ラカンは言っている、それは l'achose だと。(l'achose= 「剰余享楽は昇華」(ミレール、2013)

言い換えれば、ゼロは、「本当の現実界」のいつも-常に喪われた神秘的享楽と等価である。「偽の一者」は、「一者を作る」ために、対象a の「偽の」享楽が必要である。「一者を作る」とは象徴秩序のなかの穴に、コルク栓 bouchon をすることだ。こうして、元来から喪われている絶対的享楽のイリュージョンを遡及的に作り出す。(Subjectivity and Otherness: A Philosophical Reading of Lacan, by Lorenzo Chiesa、2007)
欠如の欠如が現実界を作る。それはただそこに、コルク栓としてのみ顕われる。このコルク栓は、不可能という語によって支えられる。我々が現実界について知る僅かなことが示すのは、全ての本当らしさへのそのアンチノミーである。(私訳)

Le manque du manque fait le réel, qui ne sort que là, bouchon. Ce bouchon que supporte le terme de l'impossible, dont le peu que nous savons en matière de réel, montre l'antinomie à toute vraisemblance.( Lacan17 mai 1976 AE.573)

※参照:≪物自体はアンチノミーにおいて見い出されるものであって、そこに何ら神秘的な意味合いはない。≫(柄谷行人ーー「“A is A” と “A = A”」)


ああ、なんたる哀れな男!

…時がたつにつれて、ぼくはファルスの突然の怒りがよくわかるようになった…彼の真っ赤になった、失語症の爆発が……時には全員を外に追い出す彼のやり方……自分の患者をひっぱたき…小円卓に足げりを加えて、昔からいる家政婦を震え上がらせるやり方…あるいは反対に、打ちのめされ、呆然とした彼の沈黙が…彼は極から極へと揺れ動いていた…大枚をはたいたのに、自分がそこで身動きできず、死霊の儀式のためにそこに閉じ込められたと感じたり、彼のひじ掛け椅子に座って、人間の廃棄というずる賢い重圧すべてをかけられて、そこで一杯食わされたと感じる者に激怒して…彼は講義によってなんとか切り抜けていた…自分のミサによって、抑圧された宗教的なものすべてが、そこに生じたのだ…「ファルスが? ご冗談を、偉大な合理主義者だよ」、彼の側近の弟子たちはそう言っていた、彼らにとって父とは、大して学識のあるものではない。「高位の秘儀伝授者、《シャーマン》さ」、他の連中はそう囁いていた、ピタゴラス学派のようにわけ知り顔で…だが、結局のところ、何なのか? ひとりの哀れな男だ。夢遊病的反復に打ちひしがれ、いつも同じ要求、動揺、愚劣さ、横滑り、偽りの啓示、解釈、思い違いをむりやり聞かされる、どこにでもいるような男だ…そう、いったい彼らは何を退屈したりできるだろう、みんな、ヴェルトもルツも、意見を変えないでいるために、いったい彼らはどんな振りができるだろう、認めることだ! 認めるって、何を? まさに彼らが辿り着いていたところ、他の連中があれほど欲しがった場所には、何もなかったのだということを…見るべきものなど何もない、理解すべきものなど何もないのだ…(ソレルス『女たち』鈴木創士訳)

………………


JACQUES-ALAIN MILLER: THE OTHER WITHOUT OTHER,2013 

なぜラカンは、その教えの出発点で、法へ情熱をもったのか。そして「大他者の大他者はない」と言ったとき、なぜそれを捨て去ったのか。ラカンは異なった法(言語、パロール、言説等の)を我々に教え、この表明に到った。…

第一に、言語学の法がある。ラカンがソシュールから借りてきたものだ。それはシニフィアンをシニフィエから、共時性を通時性から区別することに導く。ヤコブソンに見出した法もまたある。それは、隠喩を換喩から分節化し区別する。ラカンはこれらを法として・メカニズムとして語った。

第二に、弁証法的法がある。ラカンがヘーゲルのなかに探しにいったものだ。この法は告げる、言説のなかで主体は、他の主体の仲介を通してのみ、彼の存在を想定しうる、と。ラカンはこれを承認の弁証法的法と呼ぶ。

第三に、我々はラカンのなかに数学的法を見出す(これはある時期とても人気があったが、もはや我々のものではない)。例えば、ラカンが、最初の図式とともに、「盗まれた手紙」についてのセミネールにて探求したような法だ。あの α, β, γ, δ の図式は、無意識の記憶にとってのモデルを提供した。

第四に、社会学的法がある。ラカンがレヴィ=ストロースの『親族の基本構造』から採用した同盟と親族の法である。

第五に、想定されたフロイトの法、エディプスがある。それは、初期ラカンが法へと作り上げたものだ。すなわち「父の名」は「母の欲望」の上に課されなければならない。その条件のみにおいて、身体の享楽は飼い馴らされ、主体は、他の諸主体と共有された現実の経験に従いうる、と。

さて、私は面倒を厭わず、法の5つの領域を列挙した。言語学的・弁証法的・数学的・社会学的・フロイト的である。ラカンが分析経験を熟考し始めたとき、少なくとも主体をめぐって教え始めたとき、この法の5つの領域は、彼にとって、象徴界と呼ばれるものを構成した。(……)
なぜラカンは、このように法概念に中心的重要性を与えたのか。それは疑いなく、彼にとって法は合理性の条件だからだ。さらに具体的にいえば、科学の条件である。ラカンはあたかも「法がある場にのみ科学はある」という箴言に駆り立てられていたかのようだ。

(……)しかしながら、はっきりさせておかねばならない。ラカンの教えにおいて、最初に駆り立てられていた後、この法の概念は消滅したことを。ラカンはそれを発明し導入した。それは彼の概念化にとっての基礎として現れた。象徴界・想像界・現実界のあいだの三幅対的分割の基本としてだ。だが彼はそれを持ち続けなかった。

注意しておかねばならない。この秩序の概念、法の5つの領域は混淆されていることを。言い換えれば、秩序という視点からは、それらは、事実上、同じものとして現れる。数学的法、弁証法的法等であれなんであれ。(……)

法がある場に、秩序がある。初期ラカンのシステムにおいて、唯一の秩序とは象徴界である。象徴界的秩序はーーもし人がこのように言うのを好むならーー想像界的無秩序と対立しうる。

象徴界において、各々のもの、各々の要素はその場のなかにある。正確に言えば、象徴界のなかにおいてのみ、場がある。想像界においては、対照的に、要素は場を入れ替える。したがって、事実上、場は区別できない。いや、要素自体が区別されうるかさえ確かでない。

想像界においては、別々の、分離した要素はない。象徴界において分離した要素があるようにはない。これらの用語にて、ラカンは、エゴと他者ーー外部にある自身のイメージであるのみの他者ーーとのあいだの関係を叙述した。そこには、自我と他者の相互侵入がある。想像界は、本質的非一貫性によって徴づけられて現れる。ラカンはかつて「影と反映」のみの存在とさえ言った。現実界とは、この秩序と不秩序とのあいだの分割の外部にあるものだ。それは純粋で単純である。(ミレール、2013、私訳)

※参照:"Credo quia absurdum"ーー「私はそれを信じる、なぜならそれは馬鹿げているから」



2016年5月26日木曜日

女に甘え、女に依存し、女につけこみ、女をなめきり………いいかげんにしろ!

@ueno_wan: 男のお守りはもうたくさんだ。女に甘え、女に依存し、女につけこみ、女をなめきり、それができないと逆ギレする。いいかげんにしろ、と言いたい。(上野千鶴子)

ーー実に痛い言葉だ。オレはこういうことをやってきた。標準的な男以上におそらくやってきたのではないか。こうやって恥じ入いることさえも、たんなる「ふり」でありうる。忸怩たる思い、--と記すほどにいまだ忸怩しているのかさえ疑わしい。

以下は、以前訳出したものだが、これを上野千鶴子の言葉とともに掲げるのはいささか言い訳めくのではないかと思うが、ーーと先に言い訳しておこう。


◆ When psychoanalysis meets Law and Evil: perversion and psychopathy in the forensic clinic Jochem Willemsen and Paul Verhaeghe  2010、PDFより(私訳)


【幼児の標準的な発達(受動ポジション→能動ポジション)】
幼児の避けられない出発点は、受動ポジションである。すなわち、母の欲望の受動的対象になる羽目になる。そして母なる〈他者〉(m)Other から来る鏡像的疎外 mirroring alienation を通して、自己のアイデンティティの基盤を獲得する。いったんこの基盤のアイデンティティが充分に安定化したら、次の段階において観察されるのは、子どもは能動ポジションを取ろうとすることである。

中間期は過渡的段階であり、子どもは「過渡的対象」(古典的には「おしゃぶり」)の使用を通して、安定した関係にまだしがみついている。このようにして、母を失うことについての不安は、なんとか処理されうる。標準的には、エディプス局面・父の機能が、子どものいっそうの発達が起こる状態を作り出す。ただしそれは、母の欲望が父に向かっているという事実があっての話である。


【受動ポジションのままの倒錯者(マゾヒスト)】
倒錯の心的作用においては、これは起こらない。母は子どもを受動的対象、彼女の全体を作る物に還元する。このミラーリング mirroring のため、子どもは母のコントロール下にいるままだ。こうして、子どもは自己の欲動への表象的参入(欲動の象徴化能力)を獲得できない。もちろん、それに引き続く自身の欲望のどんな加工 elaborations もできない。

これは、構造的用語で言えば、ファルス化された対象aに還元されるということであり、母は、それを通して、彼女自身の欠如を埋める。だから分離の過程は決して起こらない。第三の形象としての父は、母によって、取るに足らない無能な観察者に格下げされる。この権威としての〈他者〉の陳腐化はのちに回帰するだろう。それは、倒錯者が、その行為を享楽と見なして自らに制裁を加えるときである。

このようにして、子どもは自らを逆説的ポジションのなかに見出す。一方で、母の想像的ファルスとなり、それは子どもにとっての勝利である。他方で、彼ががこのために支払う犠牲は大きい。分離がないのだ。自身のアイデンティティへとのいっそうの発展はいずれも塞がれてしまう。代わりに、子どもはその獲得物を保護しようと試みて個性的反転を演じる。彼は、自ら手綱を握って、受動ポジションを能動ポジションへ交代させようとする。同時に特権的ポジションを維持したままで、である。

臨床的用語では、これは明白なマゾヒズムである。マゾヒストは自らを他者にとっての享楽の対象として差しだす。全シナリオを作り指揮しながら、である。これは、他者の道具となる側面であり、「能動的」とは「指導的」として解釈される条件の下で、はっきりと受動-能動反転を示している。倒錯者は受動的に見えるかもしれないが、そうではない。


自身の享楽に都合のよい規則システムに従わせる倒錯者】
(……)倒錯者は自らを〈他者〉の享楽の道具に転じるだけではない。彼はまた、この他者を自身の享楽に都合のよい規則システムに従わせるのだ。

倒錯者の不安は、しばしばエディプス不安、つまり去勢を施そうとする父についての不安として解釈されるが、これは間違っている。不安は、母なる超自我にかかわる。彼を支配しているのは最初の〈他者〉である。そして倒錯者のシナリオは、明らかにこの状況の反転を狙っている。

これが、「父の」超自我を基盤とした行動療法が、ふつうは失敗してしまう主要な理由である。それらは見当違いであり、すなわち、倒錯者の母なる超自我へと呼びかけていない。不安は、はるかな底に横たわっており、〈他者〉に貪り食われるという精神病的な不安に近似している。父の法の押し付けに対する反作用は、しばしば攻撃性発露である。


【犠牲者さ、率先してヤッたのは】
倒錯者における否認は性的関係のみに限定されるわけではない。それは象徴的〈他者〉、すなわち権威や享楽に対する全関係を決定づける。倒錯者自身の世界においては、欠如はない。彼自身の法が〈他者〉に課される。慣習世界においては、法は外面的には守られるだろう。すなわち、倒錯者は他者たちが慣習規則に従うだろうという想定の下に振舞い、この知を十全に活用する。

実に、原初の関係が繰り返されるのだ、最初の〈他者〉(母)と第二の〈他者〉に対する成人後の生活での後継者たちに。もっとも受動-能動反転がある。倒錯的主体は、「最初の」〈他者〉の後継者に向けて道具的ポジションに立つ。この〈他者〉の享楽に仕えるためだ。これは神経症者の観点からは、パラドックスである。倒錯者は、〈他者〉の享楽のために死に物狂いで奉仕していることを確固に信じている。このように、犠牲者は「それを求めたのだ」、彼らは「ほら、それをまさに楽しんだのだよ」等々という根強い考えを倒錯者は持つ。その考え方は、確かに原初の最初の〈他者〉(母)にとっては本当だ。この帰結は、還元されたヴァージョン、いわゆる「認知の歪み」においても、同様に見出される。何度も繰り返して証言されるのだ、犠牲者は「協力的だったよ」、あるいはさらに「犠牲者さ、率先してヤッたのは」と(Hall, 1995; Kennedy & Grubin, 1992; Ward, Hudson, Johnston, & Marshall, 1997)。

…………

ポール・ヴェルハーゲ(&Jochem Willemsen)は、上の文で、標準的な発達と倒錯の生じる環境を対比させて語っている。

倒錯といえば、90年前半の柄谷行人の言葉を思い出しておこう。柄谷は、日本人の精神構造は、≪去勢の否認≫のようなものがありはしないかと言っている(参照)。この「否認」とは、ラカン派では、倒錯にかかわる用語である。もっとも柄谷行人は、ラカン理論にはそれほど詳しくはなく、否認といったり排除といったりしている(排除とは精神病にかかわる用語である)。だが、細かい用語使いはこの際どうでもいい。柄谷の言っていることは、日本人は神経症的でない、ということであり、1992年段階でこう言い放ったのは、すぐれた洞察である。実際、ジャック=アラン・ミレールは、最近になって≪倒錯は疑問に付される用語だ≫(2008)と言っている。

ところで柄谷はこうも言っている。

日本における「権力」は、圧倒的な家父長的権力のモデルにもとづく「権力の表象」からは理解できない。(柄谷行人「フーコーと日本」1992 『ヒューモアとしての唯物論』所収)

この文は、中井久夫の次の記述と同時に読むとより意味深くなる。

かつては、父は社会的規範を代表する「超自我」であったとされた。しかし、それは一神教の世界のことではなかったか。江戸時代から、日本の父は超自我ではなかったと私は思う。その分、母親もいくぶん超自我的であった。財政を握っている日本の母親は、生活費だけを父親から貰う最近までの欧米の母親よりも社会的存在であったと私は思う。現在も、欧米の女性が働く理由の第一は夫からの経済的自立――「自分の財布を持ちたい」ということであるらしい。

明治以後になって、第二次大戦前までの父はしばしば、擬似一神教としての天皇を背後霊として子に臨んだ。戦前の父はしばしば政府の説く道徳を代弁したものだ。そのために、父は自分の意見を示さない人であった。自分の意見はあっても、子に語ると子を社会から疎外することになるーーそういう配慮が、父を無口にし、社会の代弁者とした。日本の父が超自我として弱かったのは、そのためである。その弱さは子どもにもみえみえであった。(中井久夫「母子の時間 父子の時間」初出2003 『時のしずく』2005所収)

ヴェルハーゲの記述を再掲すれば、倒錯的な子どもが生じやすい環境において、≪第三の形象としての父は、母によって、取るに足らない無能な観察者に格下げされる≫とあった。

つまり、上記の三者の文から、日本的環境は、かつてから神経症的環境ではなかったと言いうる(神経症とは「父」、あるいは象徴的権威を信じることである)。

ところで、倒錯をめぐってではなく、より一般的に語っているヴェルハーゲの講演 2007がある。これも以下に掲げるが、そこには、倒錯ではなく、現実神経症という言葉が出てくる。

この概念はもともと初期フロイト用語だが、後に次のように語っている。

精神神経症と現実神経症は、互いに排他的なものとは見なされえない。(……)精神神経症は現実神経症なしではほとんど出現しない。しかし「後者は前者なしで現れるうる」(フロイト『自己を語る』1925)。

フロイトは、『制止、症状、不安』(1926)にて、「後期抑圧」と「最初期の抑圧 (frühesten Verdrängungen )」とを比較して、第二の場合(原抑圧Urverdrängung)は、現実神経症 Aktualneuros の原因、第一の場合(後期抑圧 Nachdrängung)は精神神経症 Psychoneuros の特徴としている(参照:原抑圧・原固着・原刻印・サントーム)。

さらに、現実神経症は、現在のラカン派の「ふつうの精神病」概念と重なる部分があり、ふつうの精神病も現実神経症も倒錯も含むといってよい(参照:ふつうの妄想・ふつうの父の名・原抑圧の時代) 。

この前提で以下の文を読もう。

◆“Chronicle of a death foretold”: the end of psychotherapy. Paul Verhaeghe – Dublin, September 2007,PDF

(この数十年のあいだに徐々に変化があります。…)ラカン派のタームであるなら、鏡像段階のあいだに何かがうまく行っていないのです。鏡像段階、すなわち、アイデンティティの形成が欲動の規制と共同して始まる時期です。まるで現代の大他者――その意味するところは、両親だけではなく、また象徴的秩序ですがーー彼/彼女の鏡像的機能を果たすことにますます失敗しているかのようです。その結果、子供は心理的に発達しません。すなわち、欲動やそれに伴う興奮を取り扱う表象的な方法に欠けているのです。さらにアイデンティティ自体の形成さえも狂わされています。結果として、欲動の処理は、ソマティック(身体的な)レベル、すなわち原初の現実界のレベルに立ち往生してしまっています。

これは、なぜ症状が、なにものにも媒介されず、さらにはパフォーマティヴな仕方で身体に差し向けられるを説明してくれます。同様に意味の欠如をも説明してくれます。それらは、防衛メカニズムのたぐいではなく、意味のない「解除反応Abreaction」により近づいています。私の考えの流れでは、これはフロイトが命名した「現実神経症」へと導いてくれます。時間がないので、フロイト理論の現代的解釈を詳しく述べることはしませんが、こういうだけで充分でしょう、すなわち、「現実神経症」の主な特徴とは、表象を通しての欲動興奮を処理することの失敗である、と。

ラカンの鏡像段階の理論とフロイトのアイデンティティ発達の理論の光の下では、表象能力の失敗とは、最初の大他者との関係における失敗として理解されなければなりません。ごく一般的には、そうなのです。古典的な精神神経症では、欲動興奮は表象的なオブラートをもっており、意味があふれた古典的に分析されやすい症状を通して、象徴的な表現を見出せます。

現実神経症の場合では、この表象の処理がひどく妨げられています。臨床像に関する帰結は、「意味豊かな」症状の不在です。そこにはソマティックな現象にかかわるパニックな攻撃と不安が伴っています。不安とは原初の興奮の表現なのです。結果として、興奮状態が過剰な比率を占めることになります。そして行動をとおした捌け口を見出すのです。それは自らの身体に向けてであったり、他者に向けてであったりします。

 象徴的権威の崩壊により、すくなくとも先進諸国の人間はしだいに(精神)神経症的でなくなっている。倒錯的であったり、ふつうの精神病的であったり、現実神経症的になっている。そういいうる。そして一神教的社会でない日本はその先進国である。

あるいは三者関係的から二者関係的な人間関係になっている、といってもよい。

重要なことは、権力 power と権威 authority の相違を理解するように努めることである。ラカン派の観点からは、権力はつねに二者関係にかかわる。その意味は、私か他の者か、ということである(Lacan, 1936)。この建て前としては平等な関係は、苦汁にみちた競争に陥ってしまう。すなわち二人のうちの一人が、他の者に勝たなければいけない。他方、権威はつねに三角関係にかかわる。それは、第三者の介入を通しての私と他者との関係を意味する。

明らかなことは、第三者がうまくいかない何かがあり、われわれは純粋な権力のなすがままになっていることだ。(社会的絆と権威、Paul Verhaeghe,1999

そして日本語は言語構造そのものが二者関係言語であるとは、70年代にすでにしばしば強調されていた。

《日本人は相手のことを気にしながら発言するという時、それは単に心理的なものである以上に、人間関係そのもの、言語構成そのものがそういう構造をもっているのである》(森有正全集12)

日本語においては、一応三人称を文法的主格にしている文章でも、「汝―汝」の構造の中に包み込まれて陳述される。それは助動詞(これを動助詞という人もあるらしいが、そしてここで助動詞あるいは動助詞というのはverbe auxiliaireのことではなく、フランスの日本語学者のいうsuffixe fonctionnelであることは言うまでもない)が凡ゆる陳述に伴っていることからも理解される。そういうわけで日本語が本質的に二項関係の内閉性をもっており、そういう意味で閉鎖的(原文は傍点)な会話語であるのに対してヨーロッパ語は、会話の部分でも、その二人称は、いつでも、一人称―三人称に変貌することが出来る開放的超越的会話語であるということが出来る(森有正ーー「人間の思考はその人間の母語によって決定される」)

いや、こういった森有正などの主張以前に、時枝誠記が、日本語は本質的に「敬語的」だと言っている。敬語的とは、すなわち二者関係的である、ということだ。

…………

最後に、ノーベル賞作家でありかつまたかつてのフェミニストのアイコンのひとりだったドリス・レッシングの自伝から、次の文を引用しておこう。

子どもたちは、常にいじめっ子だったし、今後もそれが続くだろう。問題は私たちの子どもが悪いということにあるのではそれほどない。問題は大人や教師たちが今ではもはやいじめを取り扱いえないことにある。(ドリス・レッシングーー「The Collapse of the Function of the Father and its Effect on Gender Roles」 Paul Verlweghe 2000より孫引き))



BWV 971

◆Bach: Italian concerto "flautino" in F major, BWV 971 | Anna Fusek



ーーひさしぶりに痺れたな、季候のせいなんだろうか

緩徐楽章だけは、ロザリン・テューレックを聴いて補うべきか(Rosalyn Tureck plays Bach)。


諸君は自分が何を望んでいるか実際に知っているか? ――自分たちは真であるものを認識するには全く役に立たないかもしれない。この不安が諸君を苦しめたことはないか? 自分たちの感覚はあまりにも鈍く、自分たちは敏感に見ることさえやはりあまりにも粗っぽすぎるという不安が? 

自分たちが見ることの背後に昨日は他人よりも一層多くを見ようとしたり、今日は他人とは違ったように見ようとしたり、あるいは諸君がはじめから、人々が以前に見つけたと誤認したものとの一致あるいは反対を見出そうと渇望していることに、気づくとすれば! おお、恥辱に値する欲望! 

諸君はまさに疲れているためにーーしばしば効果の強いものを、しばしば鎮静させるものを探すことに、気づくとすれば! 真理とは、諸君が、ほかならぬ諸君がそれを受け入れるような性質のものでなければならないという、完全で秘密な宿命がいつもある! 

あるいは諸君は、諸君が冬の明るい朝のように凍って乾き、心に掛かる何ものも持っていない今日は、一層よい目を持っていると考えるのか? 熱と熱狂とが、思考の産物に正しさを調えてやるのに必要ではないか? ――そしてこれこそ見るということである! 

あたかも諸君は、人間との交際とは異なった交際を、一般に思考の産物とすることができるかのようである! この交際の中には、等しい道徳や、等しい尊敬や、等しい底意や、等しい弛緩や、等しい恐怖感やーー諸君の愛すべき自我と憎むべき自我との全体がある! 

諸君の肉体的な疲労は、諸事物にくすんだ色を与える。諸君の病熱は、それらを怪物にする! 諸君の朝は、事物の上に夕暮れとは違った輝き方をしてはいないか? 

諸君はあらゆる認識の洞窟の中で、諸君自身の幽霊を、諸君に対して真理が変装した蜘蛛の巣として再発見することをおそれてはいないか? 諸君がそのように無思慮に共演したいと思うのは、恐ろしい喜劇ではないのか? ――(ニーチェ『曙光』539番)

Anna Fusek のイタリア協奏曲BWV 971を聴いて、彼女の演奏するバディヌリー(badinerie)がないかと探したが見当たらない。代わりに別の演奏家のものを貼り付けておく。

◆Bach - BWV 1067 Suite - Badinerie - Croatian Baro




最近、女性の演奏家が膝を曲げて狙いすますようにして次のフレーズの最初の音を出すのをみると、ハッとすることが多いのだが、昔はそういう姿にめぐりあったことが滅多になかった(クラッシックの演奏家たちのなかでは、ということだが)。


◆Bach: Brandenburg Concerto No. 3 in G major, BWV 1048 (Freiburger Barockorchester)



世界は女たちのものだ、いるのは女たちだけ、しかも彼女たちはずっと前からそれを知っていて、それを知らないとも言える、彼女たちにはほんとうにそれを知ることなどできはしない、彼女たちはそれを感じ、それを予感する、こいつはそんな風に組織されるのだ。男たちは? あぶく、偽の指導者たち、偽の僧侶たち、似たり寄ったりの思想家たち、虫けらども …一杯食わされた管理者たち …筋骨たくましいのは見かけ倒しで、エネルギーは代用され、委任される …(ソレルス『女たち』)


2016年5月25日水曜日

奇跡がやってきた

奇跡がやってきた。一滴の雨もない日々が半年あまり続く乾季の後の喜雨、干天慈雨。今年は雨季の訪れがひどく遅かった。

ずっとわたしは待っていた。
わずかに濡れた
アスファルトの、この
夏の匂いを。
たくさんねがったわけではない。
ただ、ほんのすこしの涼しさを五官にと。
奇跡はやってきた。
ひびわれた土くれの、
石の呻きのかなたから。

ーーダヴィデ(須賀敦子訳)

雨が地面をたたく音が美しい。これが音楽でなくて、至高の音楽でなくて、なんだというのか。

あらゆる音に対して開かれた耳には、すべてが音楽的に聞こえるはずです。私達が美しいと判断する音楽だけでなく、生そのものであるような音楽。音楽によって生はますます意味深いものとなるでしょう。(ジョン・ケージ『小鳥たちのために』)

そして雨がやんだ夕方には蝉しぐれ。
もっとも当地の蝉の声はいささか弱々しいのが玉に瑕。

◆ホセ・マセダ Jose Maceda - Pagsamba: agnus




フィリピンの作曲家にして音楽学者ホセ・マセダが
何年も前に言っていたことがある。
 正確な言い回しではないが、このようなことだ。
 「一人の名人を百人が聞く。
百人は聞いて、立ち去る。それが限界だ。
 一人が百の太鼓をあやつることもできる。
百人が一つずつ太鼓をもつこともできる」
また、
 「バッハもモーツァルトも、支配者のために書いた。
音楽で支配関係を表現した。
みんながわずかなものをわけあって生きることを
 あらわす音楽はなかった」

ーー高橋悠治「音楽の反方法論的序説」



2016年5月24日火曜日

中井久夫とラカン

やあ、中井久夫ってのはやっぱりひどくエライんじゃないか。

オレはもうラカンから引退するよ、すくなくともしばらく忘れることにする。

…………

パロールは寄生虫、うわべ飾り。人間を悩ます癌の形式だよ。

≪La parole est un parasite. La parole est un placage. La parole est la forme de cancer dont l'être humain est affligé.≫(Lacan,S.23、1976)


「言存在 parlêtre」のなかには、身体の享楽 jouissance du corps と身体の外部にさまよう享楽がある。ラカンは、大胆かつ論理的に、パロールの享楽 jouissance de la parole をファルス享楽 jouissance phallique と同じものとしている、パロールの享楽が身体と不調和であるかぎりで、である。(ミレール、2014,L’INCONSCIENT ET LE CORPS PARLANT)

パロールとは成人言語だ。そして、ファルス享楽である。

いずれにせよ、精神分析学では、成人言語が通用する世界はエディプス期以後の世界とされる。

この境界が精神分析学において重要視されるのはそれ以前の世界に退行した患者が難問だからである。今、エディプス期以後の精神分析学には誤謬はあっても秘密はない。(中井久夫「詩を訳すまで」初出1996)

ようはパロールとは見せかけ semblant だ。だが、エディプス以前には、話す身体の享楽がある。≪ファルスの彼方には Au-delà du phallus…身体の享楽 la jouissance du corps≫(S.20)

すべてが見せかけではない。ひとつの現実界がある。社会的絆の現実界は、性関係の不在だ。無意識の現実界は話す身体だ。(ジャック=アラン・ミレール『無意識と話す身体』2014ーー腰抜け・妄想家・詐欺師
…ラカンは現実界をさらにいっそう身体と関連づけていく。もっとも、この身体は、前期ラカンのように〈他者〉を通して構築された身体ではない。彼は結論づける、「現実界は…話す身体 corps parlant の謎 、無意識の謎だ」(S.20)と。

この知は、無意識によって、我々に明らかになった謎である。反対に、分析的言説が我々に教示するのは、知は分節化された何かであることだ。この分節化の手段によって、知は、性化された知に変形され、性関係の欠如の想像的代替物として機能する。

しかし、無意識はとりわけ一つの知を証明する。「話す存在 l'être parlant の知」から逃れる知である。我々が掴みえないこの知は、経験の審級に属する。それはララング Lalangue に影響されている。ララング、すなわち、母の舌語 la langue dite maternelle、それが謎の情動として顕現する。「話す存在」が分節化された知のなかで分節しうるものの彼方にある謎めいた情動として。(ララングの享楽 la jouissance de lalangue、それは身体の享楽である)。(ヴェルハーゲ、2001(Mind your Body P. Verhaegheーー 話す存在 l'être parlant / 話す身体 le corps parlant)


(精神分析において)解釈をもたらすのは、ララングの水準においてだ。

« C'est au niveau de lalangue que porte l'interprétation » ( Le phénomène lacanien ,1974)

ララングというのは、 lalangue(ララング)とはまず、喃語 lalationにかかわる。

言語リズムの感覚はごく初期に始まり、母胎の中で母親の言語リズムを会得してから人間は生れてくる。喃語はそれが洗練されてゆく過程である。さらに「もの」としての発語を楽しむ時期がくる。精神分析は最初の自己生産物として糞便を強調するが、「もの」としての言葉はそれに先んじる貴重な生産物である。成人型の記述的言語はこの巣の中からゆるやかに生れてくるが、最初は「もの」としての挨拶や自己防衛の道具であり、意味の共通性はそこから徐々に分化する。もっとも、成人型の伝達中心の言語はそれ自体は詰まらない平凡なものである。(中井久夫「「詩の基底にあるもの」―――その生理心理的基底」『家族の肖像』1996所収)

≪ララングと身体のなかの享楽との純粋遭遇≫(ミレール、AMP VIII Congress, Buenos Aires 2012)

・la passion du corps = l' Un de signifiant = Lettre = petit(a) --(Lacan,S.22 pp.71-73)

・un événement de corps = sinthome (JOYCE LE SYMPTOME,AE.569)

これからお話しするのは、皆、おそらく混同していることが多々あるからです。わたしのスピーチがある種のオーラを発していて、そのことで皆、言語について、混同している点が多々見受けられます。わたしは言語が万能薬だなどとは寸毫たりとも思っていません。無意識が言語のように構造化されているからではありません。(ラカン『ラ・トゥルワジィエーム』 La Troisième 31.10.1974 / 3.11.74
「言語は無意識からのみの形成物ではない」とわたしは断言します。なにせ、lalangue  に導かれてこそ、分析家は、この無意識に他の知の痕跡を読みとることができるのですから。他の知、それは、どこか、フロイトが想像した場所にあります。(ラカン、於Scuala Freudiana 1974.3.30ーー純シニフィアンの物質性

ポエジーだけだ、解釈を許容してくれるのは。私の技能ではそこに至りえない。私は充分には詩人ではない。…

«Il n'y a que la poésie, vous ai-je dit, qui permette l'interprétation. C'est en cela que je n'arrive plus, dans ma technique, à ce qu'elle tienne. Je ne suis pas assez poète. Je ne suis pas poâte-assez» (S.24.1977).

私のいう「深部構造」とはチョムスキーの概念とはちょっと違っている。文法の深部構造だけが問題ではない。音調、抑揚、音の質、さらには音と音との相互作用たとえば語呂合わせ、韻、頭韻、音のひびきあいなどという言語の肉体的部分、意味の外周的部分(伴示)や歴史、その意味的連想、音と意味との交響、それらと関連して唇と口腔粘膜の微妙な触覚や、口輪筋から舌筋を経て舌下筋、喉頭筋、声帯に至る発生筋群の運動感覚( palatabilityとはpalate 口蓋の絶妙な感覚を与えるものであって私はこの言葉を詩のオイシサを指すのに使っている)、音や文字の色感覚を初めとする共感覚がある。さらに非常に重要なものとして、喚起されるリズムとイメジャリーとその尽きせぬ相互作用がある。 (中井久夫「訳詩の生理学」『アリアドネからの糸』所収

≪いまや勝利を得るには、語-息、語-叫びを創設するしかない。こうした語においては、文字・音節・音韻に代わって、表記できない音調だけが価値をもつ。そしてこれに、精神分裂病者の身体の新しい次元である輝かしい身体が対応する。これはパーツのない有機体であり、吸入・吸息・気化といった流体的伝勤によって、一切のことを行なう。これがアントナン・アルトーのいう卓越した身体、器官なき身体である。≫(ドゥルーズ『意味の論理学』「第十三セリー」)


◆中井久夫「詩の基底にあるもの」より(『家族の深淵』所収 初出1994)

―――その生理心理的基底



精神科医として、私は精神分裂病における言語危機、特に最初期の言語意識の危機に多少立ち会ってきた。それが詩を生み出す生理・心理的状態と同一であるというつもりはないが、多くの共通点がある。人間の脳がとりうる様態は多様ではあるが、ある幅の中に収まり、その幅は予想よりも狭いものであって、それが人間同士の相互理解を可能にしていると思われるが、中でも言語に関与し、言語を用いる意識は、比較的新しく登場しただけあって、自由度はそれほど大きいものではないと私は思う。

言語危機としての両者の共通点は、言語が単なる意味の担い手でなくなっているということである。語の意味ひとつを取り上げてみても、その辺縁的な意味、個人的記憶と結びついた意味、状況を離れては理解しにくい意味、語が喚起する表象の群れとさらにそれらが喚起する意味、ふだんは通用の意味の背後に収まり返っている、そういったものが雲のように語を取り囲む。

この変化が、語を単なる意味の運搬体でなくする要因であろう。語の物質的側面が尖鋭に意識される。音調が無視できない要素となる。発語における口腔あるいは喉頭の感覚あるいはその記憶あるいはその表象が喚起される。舌が口蓋に触れる感覚、呼気が歯の間から洩れる感覚など主に触覚的な感覚もあれば、舌や喉頭の発声筋の運動感覚もある。

これらは、全体として医学が共通感覚と呼ぶ、星雲のような感覚に統合され、またそこから発散する。音やその組み合わせに結びついた色彩感覚もその中から出てくる。

さらにこのような状態は、意味による連想ばかりでなく、音による連想はもとより、口腔感覚による連想、色彩感覚による連想すら喚起する。その結果、通用の散文的意味だけではまったく理解できない語の連なりが生じうる。精神分裂病患者の発語は、このような観点を併せれば理解の度合いが大きく進むものであって、外国の教科書に「支離滅裂」の例として掲載されているものさえ、相当程度に翻訳が可能であった。しばしば、注釈を多量に必要とするけれども。

このような言語の例外状態は、語の「徴候」的あるいは「余韻」的な面を意識の前面に出し、ついに語は自らの徴候性あるいは余韻性によってほとんど覆われるに至る。実際には、意味の連想的喚起も、表象の連想的喚起も、感覚の連想的喚起も、空間的・同時的ではなく、現在に遅れあるいは先立つものとして現れる。それらの連想が語より遅れて出現することはもとより少なくないが、それだけとするのは余りに言語を図式化したものである。連想はしばしば言語に先行する。

当然、発語というものは、同時には一つの語しかできない。文字言語でも同じである。それは、感覚から意味が一体となった、さだかならぬ雲のようなものから競争に勝ち抜いて、明確な言語意識の座を当面獲得したものである。


※続きは、「ラカン派の「象徴界から排除されたものは現実界のなかに回帰する」の意味するところ」を見よ

※追記:やや別の角度からのまとめ:中井久夫のララング論


2016年5月23日月曜日

やあ、ところで……

で、なんで人間は拷問するんだろうかね、やっぱり楽しいんだろうか

人はよく…頽廃の時代はいっそう寛容であり、より信心ぶかく強健だった古い時代に対比すれば今日では残忍性が非常に少なくなっている、と口真似式に言いたがる。…しかし、言葉と眼差しによるところの障害や拷問は、頽廃の時代において最高度に練り上げられる。(ニーチェ『悦ばしき知』)

拷問死というのは、り殺しってことなんだろうが、最近は、り殺しもあるだろ

殺しまでいかなくてもさ


拷問とイニシエーション儀式

われわれドイツ人は、確かにわれわれ自身を特に残忍で冷酷な民族だとは思わない。まして特に軽浮で徒らに酔生夢死する民族だとは思わない。しかし「思想家民族」(これは今日なお信頼と真摯と無趣味と着実の最大限を示し、しかもこれらの諸性質を笠に着てヨーロッパのあらゆる種類の官人の訓育を要求するあのヨーロッパ民族のことだ)を育て上げるために地上においてどれほどの労苦が払われたかを看破するには、われわれの古い刑制を見るだけで十分である。これらのドイツ人は、その賤民的な根本本能とそれに伴なう野獣の如き蛮行とを統御するために、恐るべき手段を用いて自分たち自身に記憶をなさしめた。諸君はあのドイツの古い刑罰、例えば、石刑(――すでに口碑に伝えるかぎりでも、石臼が罪人の頭上に落下する)、車裂きの刑(刑罰の領域におけるドイツ的天分の最も独自な創意であり、十八番だ!)、杙で貫く刑、馬に引き裂かせたり踏みにじらせたりする刑(「四つ裂き」)、犯人を油や酒の中で煮る刑(十四世紀および十五世紀になお行なわれていた)、人気のあった皮剝ぎの刑(「革紐作り」)、胸から肉を切り取る刑などを思い合わせ、更に悪行者に蜜を塗って烈日の下で蠅に曝す刑なども思い合わせてみるがよい。そうした様々な光景を心に留め、後者の戒めとすることによって、人々はついに、社会生活の便益を享有するためにかねた約束した事柄に関して、幾つかの「われ欲せず」を記憶に留めるようになる。――そして実際! この種の記憶の助けによって、人々はついに「理性に」辿り着いたのだ! ああ、理性、真摯、感情の統禦など、およそ熟慮と呼ばれているこの暗い事柄の全体、人間のすべてのこうした特権と美粧、これらに対して支払われた代価がいかに高かったことか! いかに多くの血と戦慄があらゆる「善事」の土台になっていることか! ……(ニーチェ『道徳の系譜』木場深定訳 岩波文庫 p68ーー「斉藤道三とジョン・マケイン」)

しばしば拷問を語るジジェクなんだが、こんな映像に行き当たってしまった。

これ、本物なんだろうか

◆Slavoj Žižek survives monstrous torture in communist Slovenia




苦痛のケースを例に取ってみよう。現実のヴァーチャル化と、計りしれないほど無限化された肉体の苦痛のあいだには密接な関係がある。それはふつうの苦痛よりも途轍もなく強烈なものだ。

遺伝子工学とヴァーチャルリアリティの組み合わせは、新しく「高められたenchanced」拷問の可能性を開くのではないか? われわれの苦痛に耐える能力の拡張の、新しい、前代未聞の地平を(苦痛を我慢する知覚能力の拡張を通して、そしてとりわけ、知覚認知をバイパスして脳中枢を直接に攻撃する方法、こういった苦痛を加える新しい形式の発明を通して)。

たぶん、究極のサド的な「不死」の拷問の餌食のイメージ、ーー死に逃れる得ずに、絶え間ない苦痛を持続させる犠牲者ーーこれもまた現実になるのを待っている。そのような可能性においては、究極のリアル/不可能な苦痛は、もはや実際の肉体の苦痛ではなく、ヴァーチャルリアリティによって引き起こされた「完全無欠の」ヴァーチャルリアルな苦痛である。(そして、勿論、同じことは性的快楽についても言える)。(『ジジェク自身によるジジェク』私訳)




……残忍ということがどの程度まで古代人類の大きな祝祭の歓びとなっているか、否、むしろ薬味として殆んどすべての彼らの歓びに混入させられているか、他方また、彼らの残忍に対する欲求がいかに天真爛漫に現れているか、「私心なき悪意」(あるいは、スピノザの言葉で言えば、《悪意ある同情》)すらもがいかに根本的に人間の正常な性質に属するものと見られーー、従って良心が心から然りと言う! ものと見られているか、そういったような事柄を一所懸命になって想像してみることは、飼い馴らされた家畜(換言すれば近代人、つまりわれわれ)のデリカシーに、というよりはむしろその偽善心に悖っているように私には思われる。より深く洞察すれば、恐らく今日もなお人間のこの最も古い、そして最も根本的な祝祭の歓びが見飽きるほど見られるであろう。(……)

死刑や拷問や、時によると《邪教徒焚刑》などを抜きにしては、最も大規模な王侯の婚儀や民族の祝祭は考えられず、また意地悪を仕かけたり酷い愚弄を浴びせかけたりすることがお構いなしにできる相手を抜きにしては、貴族の家事が考えられなかったのは、まだそう古い昔のことではない。(……)

――序でに言うが、このような思想でもって、私はわが厭世家諸君のぎしぎしと調子はずれな音を立てている厭世の水車に新しい水を引いてやる気は毛頭ない。私は却って残忍をまだ恥じなかったあの当時の方が、厭世家たちの現れた今日よりも地上の生活は一層明朗であったということを証拠立てようと思う。人間の頭上を覆う天空の暗雲は、人間の人間に対する羞恥の増大に比例してますます拡がってきた。倦み疲れた悲劇的な眼差し、人生の謎に対する不信、生活嫌悪の氷のように冷たい否定――これらは人類の最悪時代の標徴ではない。それらはむしろ、沼地の植物として、その生育に必要な沼地が出来るとき初めて日の光を見るのだ。――私の言っているのは、「人間」獣をしてついにそのすべての本能を恥じることを学ばしめたあの病的な柔弱化と道徳化のことなのだ。「天使」(ここではこれ以上に酷い言葉は用いないでおこう)になる途中で人間はあのように胃を悪くし、舌に苔を出かしたために、ただに動物の歓びや無邪気さを味わえなくなったばかりか、生そのものをも味気ないものにしてしまった。(ニーチェ『道徳の系譜』木場深定訳 p73-76ーー「さあお前たち、呪われたやつらめ、この美しい観物を堪能するまで味わうがよい!」(プラトン)


やあ、拷問ってのは女のほうがとことんやりそうな気がして怖いな




「戦争が男たちによって行われてきたというのは、これはどえらく大きな幸運ですなあ。もし女たちが戦争をやってたとしたら、残酷さにかけてはじつに首尾一貫していたでしょうから、この地球の上にいかなる人間も残っていなかったでしょうなあ」(クンデラ『不滅』)




2016年5月22日日曜日

耐え難いな……

【カイロ共同】シリア人権監視団(英国)のアブドルラフマン代表は21日、シリアが紛争状態に陥った2011年3月以降、アサド政権の刑務所内で少なくとも6万人が死亡したと明らかにした。政権内の情報を集計した。政権側による拷問や、刑務所での食料や医薬品の欠乏が原因という。共同通信の電話取材に語った。

 監視団はこのうち、1万4456人の氏名を特定した。110人は子ども。

 死者数が最も多いのは、首都ダマスカス北方のサイダネヤ刑務所。フランス公共ラジオによると、空軍情報部と国家治安部隊の施設でも多数が死亡した。(共同通信、2016.5.22)
The observatory called on the United Nations to pressure the Syrian government for the release of what it said were more than 200,000 remaining detainees.(washington post)

耐え難いな、この今こういうことが起こっているのを知るのは
ヒトラーやソ連の強制収容所
ポルポトやらコソボやらを繰り返してはならない
と我々「美しい魂」は言ってきたのだが、
いまこのとき、こういったことが起こり続けているのに手も足もでない
というか、手も足もださないのだから
己れに被害がたいした及ばなかったら
人間ってのは放っておくんだろうよ、なにが起こっても
口だけ善人ぶってな

≪人はただ自分もまぬがれられないと考えている他人の不幸だけをあわれむ≫(ルソー)

もちろんオレも美しい魂のひとりさ

《完全に不埒な「精神」たち、いわゆる「美しい魂」ども、すなわち根っからの猫かぶりども》(ニーチェ『この人を見よ』)

耐え難いのは差異ではない。耐え難いのは、ある意味で差異がないことだ。サラエボには血に飢えたあやしげな「バルカン人」はいない。われわれ同様、あたりまえの市民がいるだけだ。この事実に十分目をとめたとたん、「われわれ」を「彼ら」から隔てる国境は、まったく恣意的なものであることが明らかになり、われわれは外部の観察者という安全な距離をあきらめざるをえなくなる。(ジジェク『快楽の転移』ーー〈あなた〉のなかのアサド

2016年5月21日土曜日

沙羅の木と寺の庭

沙羅の木
                  
褐色の根府川石に
白き花はたと落ちたり、
ありとしも靑葉がくれに
見えざりし さらの木の花。


この森鴎外の詩をめぐって、中井久夫は次のようにいう。

押韻もさることながら、「褐色(かちいろ)の根府川石(ねぶかはいし)」「石に白き花はたと」「たり/ありしとも青葉がくれに/みえざりし」に代表される遠韻、中間韻の美は交錯して、日本詩のなかで稀有な全き音楽性を持っている(中井久夫『分裂病と人類』)

こう記す中井久夫は、みずから訳詩だけでなく、散文でもこの韻の交錯を試みている。

ふたたび私はそのかおりのなかにいた。かすかに腐敗臭のまじる甘く重たく崩れた香り――、それと気づけばにわかにきつい匂いである。

それは、ニセアカシアの花のふさのたわわに垂れる木立からきていた。雨上りの、まだ足早に走る黒雲を背に、樹はふんだんに匂いをふりこぼしていた。

金銀花の蔓が幹ごとにまつわり、ほとんど樹皮をおおいつくし、その硬質の葉は樹のいつわりの毛羽となっていた。かすかに雨後の湿り気がたちのぼる。(中井久夫「世界における索引と徴候」『徴候・記憶・外傷』所収)


ここには数え切れないくらいの頭韻、押韻、遠韻、中間韻がある(参照)。もともと名文章家の中井久夫であるがーー、≪現代日本語の書き言葉がそれでもなお辛うじて保っている品格は、カヴァフィスやヴァレリーの翻訳を含む中井久夫の文業に多くを負っている≫(松浦寿輝)--、しかもその中井久夫の稀有の時期に書かれた名文章であると、わたくしは思う。

私は多くの文章を暗誦したり筆記する習慣がある。よい文章とは口唇感覚にも口腔感覚にも発声に参与する筋の筋肉感覚にも快い。筆記感覚でさえうれしい。私には、言語の深部構造とはチョムスキーのいう構造主義的なものを突き抜けて、こういう生理的・官能的なものにまで行き着くのではないかとひそかに思っている。実際、同じ口唇感覚であり口腔感覚であり、ノドと下顎を動かす筋肉であるためか、私に合った詩や散文を現前させている時には、ほとんど現実の果実を果汁を滴らせながらかぶりついている感覚を感じる。 

果実が溶けて快楽〔けらく〕となるように
その息絶える口の中で
その「不在」を甘さに変えるように
――ポール・ヴァレリー「海辺の墓地」第五節――

しかも、詩の果実は実在の果実と違って口の中に消えてもまた再生する! (中井久夫「詩を訳すまで」初出1996『アリアドネからの糸』所収)
五十歳の秋になって、何度目かの言語の節目が現れた。偶然の機会から詩を訳すようになったのである。「精神」「分裂」「傷害」「解体」というたぐいの語ばかりを語り、そういう字を書くことに私の言語意識が耐えられなくなって反抗を起こしたのであろう。ヴァレリーは「ほんとうに言葉が歌うのだよ」と言っているが、私にも、一つ一つの日本語の単語がほんとうに歌うように感じられる時期があった。その伴示、類語、類音語、音調、イマージュ、色調、粘膜感覚と筋肉感覚などで一語一語が重すぎるほどであった時期があった。頭韻や半階音が寝床までつきまとったこともあった。訳詩が完成して一年ほど経って、それが消えていることに気づいた。その時の詩集のページは知らん振りをして横顔を見せている少女のようであった。私は「詩がさっぱりわからない」という人には詩がこういうふうに映っていることを理解した。(同上)

※ヴァレリーの『魅惑』における調子の変化 ―「石榴」と 「失われた酒」―鳥山定嗣、PDF




ここにある訳文は、中井久夫訳ではない。ヴァレリーの詩がどんな工夫・彫琢がなされているかを示すために掲げた。

…………

……三好が詩に於てつとに萩原朔太郎を宗としたことは周知のとほりだが、その詩境をうかがふに、年をふるにしたがつて、むしろ室生さんのはうに「やや近距離に」あゆみ寄つて来たのではないかとおもふ。萩原さんの詩はちよつと引つかかるところがあるけれど、室生さんの詩のはうはすらすら受けとれると、げんに當人の口から聞いたことがあつた。萩原さんをつねに渝らず高く仰いてゐた三好として、これは揣らずもみづからの素質を語つたものだらう。ちなみに、そのときわたしは鑑賞上それと逆だと應へたおぼえがある。また三好が酣中よくはなしてゐたことに、芥川龍之介は百發九十九中、室生犀星は百發わづかに一中だが、のべつにはづれる犀星の鐵砲がたまにぶちあてたその一發は芥川にはあたらないものだといつて、これにはわたしも同感、われわれは大笑ひした。つち澄みうるほひ、石蕗の花咲き……といふ室生さんの有名な詩は三好が四十年あまりにわたつで「惚れ惚れ」としつづけたものである。「つち澄みうるほひ」はまさに犀星の一發。このみがき抜かれたことばの使ひぶりは詩人三好が痩せるほど氣に入つた呼吸にちがひない。(石川淳「三好達治」『夷斎小識』所収)

三行、四行目、≪あはれ知るわが育ちに/鐘の鳴る寺の庭≫は、いささか凡庸か。

だが、犀星のこの「つち澄みうるほひ、石蕗の花さき」はたしかにひどく美しい。この二行だけ取り出せば、鴎外の「沙羅の木」の詩句よりずっと美しい。

こうまで惚れ惚れするのだから、三好達治はみずからも試みていないではない。犀星のこの二行には格段に劣りはしても。

池に向へる朝餉

水澄み
ふるとしもなきうすしぐれ
啼く鳥の
鳥のねも日にかはりけり
……

奥野健男によれば、萩原朔太郎全集の編集に際して、犀星と達治は喧嘩別れし、そのまま絶交状態にあったのだが、達治は犀星の通夜に羽織袴で現われたという。「二日続いたお通夜のあと、三好さんは家にも帰らず、とん平でいつまでも飲み続けられていた。そしてたまたま隣の席に坐つたぼくに、自分がどの位犀星に決定的な影響を受けたか、詩人として完成したのは朔太郎だがそのそもそもは犀星の『抒情小曲集』の革命的な詩表現にあることを何度となく繰り返し述べ、惜しい詩人を喪つたと言つては絶句し、涙をぬぐわれるのであつた」。(三好達治の「雪」(その一~その十)


甃のうへ    三好達治

あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ

をみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかの跫音空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり
み寺の甍みどりにうるほひ
廂々に
風鐸のすがたしづかなれば

ひとりなる
わが身の影をあゆまする甃のうへ



春の寺    室生犀星

うつくしきみ寺なり
み寺にさくられうらんたれば
うぐひすしたたり
さくら樹にすゞめら交(さか)り
かんかんと鐘鳴りてすずろなり。
かんかんと鐘鳴りてさかんなれば
をとめらひそやかに
ちちははのなすことをして遊ぶなり。
門もくれなゐ炎炎と
うつくしき春のみ寺なり。




2016年5月20日金曜日

奴隷の韻律

これは万葉集の場合に限つたことではないが、凡そ歌――短歌といふものは、三十一文字のそれ自らの詩形から、私の見るところでは、主題として恋愛を取扱ふのに最も適してゐるやうに思はれる。この詩形にあつては、詩語がある音楽的な週期的な繰返しを以て、不思議に情緒に纏繞してくるやり方で、それの語意によつてよりもそれの語感の感触で、一篇のポエジイを成立たしめてゐるのである。詩歌に於ける詩語の機能が、語意によりも寧ろ語感に依存してゐる――といふのは、もとより何も短歌の場合に限つた事情ではないが、しかしまた短歌の場合ほど端的に、純粋に、しかも効果的に、右の事情を我々に感ぜしめる例は、わが国の詩歌にあつては、他に類例がないといつてもよいやうに思はれる。

短歌と並立して我国の最も普遍的な詩歌の伝統をなしてゐる俳諧に就て見ても、そこでは右の事情がやや趣を異にしてゐるのを、何人も容易に看取されることであらう。そこでは詩語の語意が、――それの明示性に依るよりもそれの暗示性に依るが故になほそれは詩的であるが――短歌に於てよりもずつと遥かに重要な機能を、負担を負はされてゐるのは、何人の眼にも明かな事実であらう。さうしてここで序でに、俳諧――俳句に於ては恋愛が恰好な主題とはなり得ない、考へ方によつてはいささか奇妙な消息を併せて考察してみるならば、先に私が、短歌がそれの詩形から主題として恋愛を取扱ふのに適してゐるといつた意味も、半ばは明らかになることだらう。短歌のあの五七、五七と繰りかへして最後に更に七とつけ加へた、短小ながら確乎として音楽的形式を踏んだ、嫋嫋とした詩語の纏繞性は、他の如何なる主題を撰んだ場合よりも、恋愛を歌ふに適当してゐるといつても、必ずしも牽強の言ではあるまい。(三好達治『万葉集の恋歌に就て』)

このところ、いままでほとんどまともに読んだことがなかった万葉集をゆっくりと読んでいるのだが、短歌というのは、たしかに ≪詩歌に於ける詩語の機能が、語意によりも寧ろ語感に依存してゐる≫ので、剽窃がしやすい、ということがある(その巧拙は別にして)。

その逆に俳句というのは、剽窃がしにくい(すくなくともわたくしにとって)。それは三好達治のいうように、≪詩語の語意が、――それの明示性に依るよりもそれの暗示性に依るが故になほそれは詩的であるが――短歌に於てよりもずつと遥かに重要な機能を、負担を負はされてゐる≫せいなのだろう。

ところで、谷崎潤一郎が似たようなことを言っている。

それは、流麗な文(和文調)と簡潔な文(漢文調)――源氏物語派と非源氏物語派――に分けて文章の美を説く箇所で、谷崎潤一郎自身は流麗な調子を好み、《この調子の文章を書く人は、一語一語の印象が際立つことを嫌います》としている。他方、志賀直哉の文が一語一語が際立つ簡潔な名文の代表とされて、次のように書かれている。

他の蜂が皆巣に入つて仕舞つた日暮、冷たい瓦の上に一つ残つた死骸を見る事は淋しかつた。(志賀直哉「城の埼にて」)

とありますが、初心の者にはなかなかこうは引き締められない。

日が暮れると、他の蜂は皆巣に入って仕舞って、その死骸だけが冷たい瓦の上に一つ残って居たが、それを見ると淋しかった。

と云う風になりたがる。それを、もうこれ以上圧縮出来ないと云う所まで引き締めて、ようやく前のようなセンテンスになるのであります。(谷崎潤一郎『文章読本』)

たぶん、慣れ親しんでしまえば、流麗な文のほうが模倣しやすいのではないか、短歌がそうであるだろうように(すぐれた俳句や志賀直哉のような凝縮した文は、わたくしには真似することさえむずかしい)。

この≪詩語の機能が、語意によりも寧ろ語感に依存してゐる≫短歌形式をひどく嫌う書き手がいる。小野十三郎はかつて「奴隷の韻律」と言った。金井美恵子なら次のように言う。

短歌との巡りあわせが悪かったせいで、詩を書こうという欲望は持ったが、短歌を作ろうとも読もうとも、長いこと思わなかった。簡単にいえば、凡庸な田舎歌人が身近な身内と親戚にいたので、最初から敬遠する気分が強く(……)。形式というものそのものが、あるいはグロテスクなものであるのかもしれないのだが、短歌という、広大なすそ野に広がる無数の作者群を持つ詩的形式は、その、あまりにも親しいリズム(日本語のなかにすっかり喰い込んだ一種脅迫的韻律というべきだろうか)とともに、悪しき夢でもあるかのように、どうやら、私たちの耳にこびりついてしまうものらしいのだ。(金井美恵子「愛の歌」)

≪形式というものそのものが、あるいはグロテスクなものであるのかもしれない≫とある。さて、そうなのだろうか。ここで逆にこう引用しておこう、≪「軽薄にソネットを扱いそこにピタゴラス的な美をみないのは馬鹿げている」(ボードレール)。ピタゴラス的な美とは、"現実"や"意味"と無関係に形式的な項の関係のみで成り立つものである。≫(柄谷行人)


そもそも金井美恵子の上の文は、≪凡庸な田舎歌人が身近な身内と親戚にいたので、最初から敬遠する気分が強く≫とあるように、近親憎悪の吐露いうふうに読みうるだろう。彼女のひどく魅惑的な文は、底に横たわる語感に依存しがちな「あまりにも親しいリズム」になんとか抵抗しつつ書かれた文章だ、とわたくしは感じてしまう。

なまあたたかい涙が頬をつたい、顎から首を濡らし、顔を横にそむけると、涙は眼尻から溢れて耳殻にそって流れ、やがて耳の穴のなかに入って、なまあたたかくむずがゆいような感触に身体が少し震える。それから、もうずっと昔のことのように思えるのだが、ある女が、好んで示したしぐさを、だしぬけに思い出す。女の全体をではなく――それはもう、すっかり忘れてしまっている――肉体の一部分だけの触覚と、その触覚を形づくっているしぐさだけを思い出しているという奇妙さに軽く戸惑いながら、しかし、耳たぶをやわらかく咬む歯と唇、尖った舌の先が耳殻のなかで動くたびになまあたたかく溢れる唾液とを、唐突に思い出す。いわば、耳を濡らす唾液にまつわる物語――わたしは彼女に会い、おそらくは恋をして、そして、別れる、いや、別れた――を忘れたままで(というか、思い出しもせず、あるいは、思い出すことが出来ずに)、あるしぐさだけが、触覚としてよみがえることの奇妙さに、わたしの唇は少し開かれて――いくうらか痴呆的に――思わず笑いを浮かべる。(金井美恵子『くずれる水』)

ここには五七調とはいえないまでもある心地よいリズム、あるいはすくなくとも語感に依存した文章の流れがあるといってよい。しかも彼女は敢えてやっているのはずだが、この短い文のなかに、「なまあたたかい」「なまあたたかく」「なまあたたかく」と三つがリズムをとっている。さらに「やわらかく」も「なまあたたかく」と同じ母音の構成だ(aaaa…u)。

そのエッセイでは辛辣な批判精神横溢の金井美恵子を引き合いに出したあとこのように言うのはなんだが、こういった流麗調の文体の作家や歌人とは、批評精神がなくても、場合によっては、人を惹きつける作品を書きうる。それは、少なくとも「ほどよくすぐれた」読み手をも魅了することがある。

「君」と「父」「母」、「弟」、「生徒」、そして「万智ちゃん」からなる、朝日新聞の「ひととき」欄のように、ほっと心なごむささやかな歌集をはじめて読んで驚いたのは、「万智ちゃん」であり「我」や「吾」や「私」とも表記される若い女性の、わが眼を疑うような媚び方だった。紋切り型に「父」と「母」が娘を心配し、陳腐そのものに、その「父」と「母」はふとしたはずみに「男」や「女」であることをかいま見せるのは、何もそれが短歌という土人の言葉によって韻律化されているからというわけではない。サラダの味を恋人に、この味がいいね、と言われて有頂天になり、「君」がケチャップ味が好きなことをメモに書きとめ手製のタマゴ・サンドが食べ残されるのを気に病み、「君」がアスパラガスが嫌いなことを発見して心を騒がせ、失恋することをおびえつつ、しかし失恋して「見る前に翔ばず何を見るのかもわからずけれどつるつる生きる」と考え、「我が膝に胎児の重み載せながら無頼派君が寝息をたてる」のを聴いている若い娘の世界は、短歌に詠まれる以前から、おしなべて他者への媚びと「つるつる生きる」ことの鈍重な自足とに韻律化されていることに、改めて愕然とさせられる。歌集に寄せられた、荒川洋治、高橋源一郎、小林恭二という三馬鹿青年たちのスイセンの言葉の、歌集そのものに輪をかけた退廃ぶりは、1988年の339版の裏表紙に、心得顔やしたり顔のスイセン者の方が名前を知られていない、という奇妙な事態をひきおこしたが、その程度のことで、この3人は反省ということをするとは思えない。(金井美恵子『本を書く人読まぬ人とかくこの世はままならぬ』)


ここでの話題からはずれるが、かつて浅田彰は、金井美恵子に「映画の趣味が悪い」とか「背が伸びなかったし(笑)」とかのたぐいをさんざん言われたせいか、次のように彼女を評している。

若くしてデビューした頃の彼女はきらめくような才能をもった作家で、少女小説をそのまま現代文学にしたような作品を書いていた。彼女がそのままのびのびと書き続けていたらどうなったかはわからない。問題は、彼女がインフェリオリティ・コンプレックスの塊で、精一杯虚勢を張ってすべてをバカにしてみせながら、実は、日本でいちばん賢くてセンスがいい(と田舎者には見える)おじさまに依存せずにはいられないということだった。

賢くてセンスがいいといえば、やっぱりフランス文学者、たとえば蓮實重彦。こうして彼女は、おじさまに褒めてもらいたい一心で、必死に勉強し、スタイルを変えていった。「こう書けば、蓮實さんなら、私がジャン・ルノワールを観ているってわかってくれるはず」。そしておじさまの反応が冷たいと、「いや、蓮實さんより私のほうがルノワールのことを本当に分かっているのよ」。もちろんルノワールの映画は素晴らしいが、ルノワール通であることを仄めかすために書かれた小説は絶望的に退屈で、自分も「通」であることを示したい貧乏な田舎者のグルーピーが喜んで読むだけだ。悲惨な話ではある。彼女は最近「噂の娘」という小説を出版したという噂だが、私はもはやそれを手にとってみようとさえ思わない。私はかつてジャーナリスト専門学校で講演したとき、阿部和重を含む聴衆に、「田舎者のひとつの定義は『蓮實重彦に幻惑される人間』だ」と言ったことがある。噂のオールドミスの哀れな姿は、そんな人間の末路を赤裸々に示している。(浅田彰「噂のオールドミス」)

さて、最後に金井美恵子の浅田彰を引用しつつの短歌評を掲げておこう。

言うまでもないことだが、短歌というものは天皇を頂点とする文化のヒエラルキーにつらなる言葉によって形成される詩形で、浅田彰風に言うならば、さだめし、「土人の詩」ということにでもなろうか。 (金井美恵子「文学界」1989年7月号)

浅田彰風とはかくのごとし。

連日ニュースで皇居前で土下座する連中を見せられて、自分はなんという「土人」の国にいるんだろうと思ってゾッとするばかりです。(浅田彰「文学界」の1989年2月号)

ーーと引用して唐突に思い出したが、2015年8月30日の国会前大規模デモは、あれはひょっとして「土人のデモ」ではなかったのだろうか。

・おひさしぶりだというのに、あまりにも唐突で恐縮ですが、あの醜いブチハイエナは、ちょっと嗅ぎでもしたらたちまち失神するか、あなたが虚弱体質のばあい、ころりと死にいたるほど、とんでもなくくさい屁をするのだ。食性はいうまでもなく肉食で、ものすごいアゴの力で骨までばりばりと嚼みしだく。並はずれた体力と(無)神経をもち、10数種類の鳴き声をときにおうじて器用に鳴きわける。英名はspotted hyenaだが、ひとをこばかにして「アハハハ…」「へへへへ…」「ヒヒヒヒ…」などとよく笑うことから、 laughing hyenaともよばれる。いまとくに注目すべきは、メス個体で、陰核がふだんでもペニス状に肥大しており、政治的に昂揚したり怒ったり発情しりするとさらにエレクトし、そのデカさゆえに、しばしばファルスとみまがう(ex.inada gas-hyena)。ブチハイエナは雌雄ともいっぱんに無用のけんかをこのまないが、いったんしかけられたら、集団であいてを傷めつくし殺しつくすまでたたかう。しかるのちに敵を食いつくし、みなで放屁しながら「アハハハ…」「アへへへへ…」「アヒヒヒヒ…」と笑うのである。ブチハイエナは、つまり、本質的には超過激で超強力な暴力集団であることをわすれてはならない。話などつうじるものではないのだ。さて、数十頭の群れ(クラン)からなるブチハイエナ集団を覆滅するにはどうすればよいのか。それが問題だ。そろいの字体のプラカードをぶらさげた無害なヒツジさんたち数万頭で、ブチハイエナたちをミンシュテキに包囲し、メ―メ―メ―メ―鳴けばよいというのか。メ―メ―メ―メ―・オマワリサン・ケフモ・オツカレサマ・コンバンモ・ゴクロウサマ!まいどおなじみ大江健三郎たちに、やくたいもないスピーチをさせて、メ―メ―メ―メ―、無傷でもりあがろうってか!?おい、大江、このクニに戦前も戦後もいちどだって民主主義なんてありえたためしがないことぐらい知っているだろうが。まもるものなんてヘチマもない。ならば、大江よ、なぜそう言わないのだ。なぜこうなったのかをかたらないのか。このていたらくのわけを。血のいってきもながさずに、無傷ではなにもできはしない、虫がよすぎる、と。たとえ50万いや100万のヒツジさんたちが、ペンライトをケツの穴から夜空に照らして、メ―メ―メ―メ―、ミンシュテキに鳴いてみたところで、takaichi gas-hyenaの屁いっぱつ、たちまち異臭さわぎで全員気絶だぜ。おい、大江、もうちょっとましな演説ができないのかね。あんたも、もうかるくいっぱつ、頭にかまされたんとちがうか。なに?オナラは暴力ではない?あくまでミンシュテキに、ボウリョク・ハンタイだと?……ああ、見解のそういですな。ひつようなのは、laughing hyena集団の国家暴力をはばむ対抗暴力のイメージだ。やかましい、メ―メ―メ―メ―鳴くんじゃない、きたるべきアイコク・ヒツジさんたちよ、さっさとブチハイエナどもに骨ごと食われてしまえ。いでよ、ふかき憎悪もて、群れず、ひとり闇をさまようもの。暗きうちを歩みて、おのが往くところを知らず、これ暗黒がその眼をくらましたればなり……。されど、いでよ!( 辺見庸、 2015/09/15

松浦寿輝は、2012年に、高見順賞受賞者二人(2011年受賞者金時鐘、2012年受賞者辺見庸)を、「現代詩ムラの他者」と呼んでいる。

高橋睦郎も次のように評している。

辺見さんは詩人を信じていない。それは壮絶な孤独な深さから来るのではないか。真の詩は排除された者から生まれるが、詩人の多くは詩人ムラで打算的に傷をなめ合っている。大切なのは詩であって、自分の名誉のために詩を使う詩人ではない。今日は貴重な反省の機会をありがとうございました。



2016年5月19日木曜日

柘榴の朱

万物の蒼々たる中に柘榴の花のかつと赤く咲きでたのを見ると、毎年のことだが、私はいつも一種名状のしがたい感銘を覚える。近頃年齢を重ねるに従つて、草木の花といふ花、みな深紅のものに最も眼をそばだて愛着を感ずるやうに覚えるが、これはどういふ訳であらう。その深紅のものの燃上るやうなものといふ中でも、柘榴の朱はまた格別の趣きがあつて、路傍などでこの花を見かけて眼を驚かせるその心持の中には、何か直接な生命の喜びとでもいふやうなものが、ともすればふさぎ勝ちな前後の気持を押のけて、独自の逼り方で強く胸に逼つてくるのを私は覚える。それは眼を驚かせるといふよりも、直接心を驚かせるやうな色彩である。それは強烈でまた単純でありながら、何か精神的な高貴な性質を帯びた、あの艶やかな朱である。柘榴の花の場合にはその艶やかな朱が、ぽつんぽつんとまるで 絞出し絵具を唯今しぼりだしたばかりのやうに、そのまた艶やかな緑葉の威勢よくむらがつた上に、点々と輝き出てゐるのであるから、その効果はまた一層引たつて、まるで音響でも発してゐるやうな工合に、人の心を奪つてしばらくはその上にとどめしめないではおかない、独占的な特殊な趣きがある。



私は毎年この花をはじめて見るたびに、何か強烈な生命的な感銘を覚えるといつたが、そのやうな場合、私は路上にあつて、その花にむかつて同じやうな感銘を覚えた去年のその同じ季節のある日から、今日のこの日まで、まる一年間の間の生活の要約、その風味とでもいつていい、何か圧縮された鮮明なしかしまた名状のしがたい感懐を覚えるのである。(三好達治、柘榴の花)

実に美しい幹枝であり花と葉だ。三好達治のいうように、「艶やかな緑葉の威勢よくむらがつた上に、点々と輝き出てゐる」見事な朱色の花。

わたくしはこの木を眺めたことがない。いやどこかで行き当たっていても、その花期にあたらないなどの理由で、何も感じなかったのかもしれない。

柘榴といえば、ヴァレリーは、《己が実の過剰にたえかねて/ひびわれた硬い石榴よ/至高の額を見る思いがする/発見に満ち裂けた額を/……/この光に満ちた裂開は/かつての私の魂を思わせるのだ/その密やかな建築の故に》(中井久夫)と歌っている。




それにエリティスもザクロの木を歌っている。


南の風が白い中庭から中庭へと笛の音をたてて
円天井のアーチを吹き抜けている。おお、あれが狂ったザクロの木か、
光の中で跳ね、しつこい風に揺すられながら、果の実りに満ちた笑いを
あたりにふりまいているのは?
おお、あれが狂ったザクロの木か、
今朝生まれた葉の群れとともにそよぎながら、勝利にふるえて高くすべての旗を掲げるのは?

ーーエリティス「狂ったザクロの木」(中井久夫訳)

と、柘榴の木の画像をいくらか探っていたら、どこかの家の裏庭か中庭だろう、その家の裏戸の傍らに枝をひろげる、静かで親密な時の流れを感じさせてくれる写真に行き当たった。樹幹や枝ぶりが見事な古木だ。




陽気な陽気な時節ではあるがちょっとの間はしーんと静になって、庭の隅の柘榴の樹の周りに大きな熊蜂がぶーんと羽音をさせているのが耳に立った。 (幸田露伴『雁坂越』)

ふいに、この柘榴の木の木陰で「アポロン的静謐」の午後を繊細に過ごしたい、という心持にとらわれる。

一軒の古い家屋、影になっているポーチ、屋根瓦、昔のアラブ風の装飾、壁に寄りかかって座っている男、人気のない街路、地中海沿岸に見られる樹木。この古い写真(1854年)は私の心を打つ。私はひたすらここで暮らしたいと思う。この願望は、私の心の奥深いところに、私の知らない根を下ろしている。私を引きつけるのは、気候の暑さか? 地中海の神話か? アポロン的静謐か? 相続人のいない状態か? 隠棲か? 匿名性か? 気高さか? いずれにせよ(私自身、私の動機、私の幻想がどのようなものであるにせよ)、私はそこで繊細に暮らしたいと思うーーその繊細さは、観光写真によっては決して満足させられない。私にとって風景写真は(都市のものであれ田舎のものであれ)、訪れることのできるものではなく、住むことのできるものでなければならない。この居住の欲望は、自分自身の心に照らしてよく観察すると、夢幻的なものではない(私は非日常的な場所を夢みているわけではない)し、また、経験的なものでもない(私は不動産屋の案内広告の写真を見て、家を買おうとしているわけではない)。この欲望は幻想的なものであり、一種の透視力に根ざしている。透視力によって私は未来の、あるユートピア的な時代のほうへ運ばれるか、または過去の、どこか知らぬが私自身のいた場所に連れもどされるように思われる。ボードレールが「旅への誘い」と「前の世」でうたっているのは、この二重の運動である。そうした大好きな風景を前にすると、いわば私は、かつてそこにいたことがあり、いつかはそこにもどっていくことになる、ということを確信する。ところでフロイトは、母胎について≪かつてそこにいたことがあると、これほど確信をもって言える場所はほかにない≫(「不気味なもの」)と言っている。してみると、(欲望によって選ばれた)風景の本質もまた、このようなものであろう。私の心に(少しも不安を与えない)「母」をよみがえらせる、故郷のようなもの(heimlich)であろう。(ロラン・バルト『明るい部屋』)

バルトのこのひどく美しい文を読むと、あの写真に唐突に魅了された理由がわかる。わたくしの場合、柘榴の木ではなく、母方の祖父母の家の中庭にあった夏みかんの木なのだが。

またある朝はみゃくらくもなく,前夜むかれた多肉果の紅いらせん状の皮が匂いさざめいたが,それはそのおだやかな目ざめへとまさぐりとどいた者が遠い日に住みあきらめた海辺の町の小いえの,淡い夕ばえのえんさきからの帰着だった.(黒田夏子「abさんご」

さらにもっと漠然といえば、「午後の日差し」、そしてそれへのノスタルジーとでもいうべきものをわたくしに与えてくれる(京大近くの関西日仏会館にあるレストランはあの写真のような感覚がすこしあった、ということを、これまた唐突に想起する)。亜熱帯の国に住んでいると「午後の快楽」というものはめったにないのだ。


午後の日射し カヴァフィス

私の馴染んだこの部屋が
貸し部屋になっているわ
その隣は事務所だって。家全体が
事務所になっている。代理店に実業に会社ね

いかにも馴染んだわ、あの部屋

戸口の傍に寝椅子ね
その前にトルコ絨毯
かたわらに棚。そこに黄色の花瓶二つ
右手に、いや逆ね、鏡付きの衣裳箪笥
中央にテーブル。彼はそこで書き物をしたわ
大きな籐椅子が三つね
窓の傍に寝台
何度愛をかわしたでしょう。

(……)

窓の傍の寝台
午後の日射しが寝台の半ばまで伸びて来たものね

…あの日の午後四時に別れたわ
一週間ってーーそれからーー
その週が永遠になったのだわ

2016年5月18日水曜日

世界経済のなかで、日本経済だけが縮小するという予測

心配の種の第一は高齢化社会である。しかし、これは必ず一時である。一時であり、また予見できるものは耐えられる。行政は最悪の場合を考えて対策を立てるものである。当然そうあるべきであり、行政特有の習性でもある。最悪の場合が実現の確率がもっとも高いとは限らない。(中井久夫、「日本の心配」、神戸新聞、1997.3.05)

さて、前回、20年近くまえの中井久夫の文を掲げたので、主に行政の側にある(あった)方、あるいは経済学者の方々が、最近はどんなことを言っているのかを、いくらか調べてみた。

労働人口が毎年 1 %減る国で実質 2 % 成長を続けるのはかなり苦しい(持続的に労働生産性を 3 %上げている先進国はない)。(富士通総研、元日銀理事 早川英男 、2014,PDF)

通念としてわれわれが持ちがちなのは、このように労働人口が減るので、日本の今後の経済成長はとても困難だという見解だろう。

だが、そんなことはない、という観点もある。

ここで改めて経済成長と人口の関係を長期的な視点から考えてみることにしたい。急速な人口減少に直面するわが国では、「人口ペシミズム」が優勢である。「右肩下がりの経済」は、経営者や政治家が好んで口にする表現だ。たしかに、少子高齢化が日本の財政・社会保障に大きな負荷をもたらしていることは事実である。少子化、人口減少は、わが国にとって最大の問題であるといってもよいだろう。

しかし、先進国の経済成長と人口は決して 1 対 1 に機械的に対応するものではない。図-4 は、明治初年以降の実質 GDP と人口の種類を比較したものだが、GDP は人口とほとんど関係ないといってよい成長をしてきたことが分かる。戦後の高度成長期(1955~ 70)に、日本が実質ベースで年平均 10% の経済成長をしてきたことは誰もが知ることだが、当時の労働人口の増加率は 1% 強であったということを知る人は少ない。両者のギャップ 10% - 1% = 9% は、「労働生産性」の上昇率だが、それをもたらしたものが「資本装備率」の上昇と、イノベーション(TFP の上昇)にほかならない。(人口減少、イノベーションと経済成長、吉川洋(東京大学大学院経済学研究科教授、経済産業研究所ファカルティフェロー、2015,PDF




だがーーふたたびの「だが」だーー、経済のグローバル化の時代、新技術はたちまち伝播するため、もうイノベーションによって、経済成長を獲得するのは難しいという見方がある。

人口減少は、経済、年金など社会保障制度、財政、そしてインフラなどに様々なリスクを もたらしますが、そのリスクの内容やリスクをもたらす元凶については、かなりの誤解がある ようです。具体的に説明しましょう。

最初に経済についてですが、確かなことは日本の経済成長率が世界で一番低くなると いうことです。なるだろうではなく、確実にそうなります。その点は、変えようのない未来というわけです。

なぜなら、日本は、どの先進国よりも、労働者の減り方が大きいからです。というより、先 進国ではむしろ労働者が増加する国が多く、減少する国でもその減少幅は日本に比べはるかに小さいのです。

一国の GDP(国内総生産)の大きさは、その国の労働者数と労働生産性(1 人の労働者 が 1 年間で生産する量)をかけたものになります。ですから経済成長率は、労働者数の増 減率と労働生産性の上昇率で決まります。そのうち労働生産性上昇率については、先進国の間ではどこの国もほぼ同じです。労働生産性は、生産の機械化や製品の開発といった技術進歩によって上昇しますが、経済のグローバル化で新技術はたちまち伝播するため、先進国間では上昇率はほぼ同じになるのです。

となると、先進国間の経済成長率の相対的な関係は、労働者数の増減率によって決まることになります。ですから、日本は先進国の中で最も経済成長率の低い国にならざるを得ません。そして、技術輸入国である新興国や途上国の経済成長率は、当然先進国より 高くなるので、日本が世界で最も経済成長率の低い国になるというのは、変えようのない未来なのです。

では、どの程度の成長率になるのかというと、現在の実質 1.0~1.5%の成長率が、これから年々低下して、2020 年過ぎにはマイナスとなり、その後は▲0.5~▲1.0%のマイナス成長が続くであろうと思われます。その場合、先進国でマイナス成長となるのは日本だけです。つまり世界経済のなかで、日本経済だけが縮小します。労働者の減り方があまりにも大きいため、技術の進歩をもってしてもカバーし切れないということです。

ただし、成長率の相対的な関係と違い、今度は「なるだろう」です。産業革命のような技 術進歩が起きれば、マイナス成長にはならないかもしれないからです。しかし、僥倖頼み というわけにはいきません。私の推計では、これまでの 40 年間のような急速な技術進歩が 今後も続くと仮定しました。かなり楽観的な仮定です。それでもマイナスなのだから、これ は「ほぼ確実な未来」と言っていい。(「未曽有の人口減少がもたらす経済、年金、財政、インフラの「Xデー」」、元大蔵省 松谷明彦 2015.4

さて、松谷明彦氏の≪経済のグローバル化で新技術はたちまち伝播するため、先進国間では上昇率はほぼ同じ≫という見解と、吉川洋氏の、経済成熟化でもイノベーションがあれば新たな成長がありうつという見解を、無理やり重ね合わせるならば、日本固有の資源や人材能力で、イノベーションがあるときのみ、新しい経済成長はある、ということになる。

松谷明彦氏自身、次のように言っている。

日本には、世界に冠たる「職人技」があるのだから、その職人技と近代工業技術をコラボレートし、ロボット生産ではできない「高級品」や「専用品」づくりを目指すのです。既存の製品分野ではあっても、 日本にしかできないということで高い付加価値が得られます。「適量をつくり高く売る」とい う点では、前述のビジネスモデルと同方向だし、実際ドイツの国際競争力は、そうした職人 技によって研ぎ澄まされた近代工業技術に負うところも大きいのです。自動車や医療機器は、その好例でしょう。

日本も、かつては白物家電の生産現場で、溶接工程や鍍金工程など様々な工程に職人技が効果的に使われ、それが製品の魅力や性能を高め、強い競争力を得ていました。 しかし、1990 年代以降のコスト削減最優先のなかでそれらはロボットに置き換えられたため、新興国・途上国の製品と大差がなくなり、競争力が急速に失われることになったのです。(同、松谷明彦、2015)

日本に、世界に冠たる「職人技」などもはやないーー、などと言わないでおくなら、さて、何があるのだろう。日本の料理店の美食への追及精神(凝り性)、漫画家たちのこれはまさに職人気質、海外のオーケストラなどで活躍する弦楽奏者たちの信頼感……、ひょっとして最近やや評判を落とした科学者たちの「職人芸」というものも残っているのかもしれない。わたくしが思いつくのは、これくらいなのだが、もちろん20年前に日本を離れた身で、日本の新聞雑誌にもほとんど目を通さないので、おそらくピントがはずれていることだろう。

松谷明彦氏は別に年金制度についても、かなりはっきりしたことを言っている(わたくしは、彼がどんな評判の人物かを知らないままで、いま抜き出している。顔は、あまり好みの顔ではないが、挑発的にこのように言うタイプはーーそれがある程度信憑性があるならーー嫌いではないほうだ)。

(…) 次に、社会保障制度についてですが、現在の年金制度は早晩破綻するでしょう。もともと年金制度は、急速かつ大幅に高齢化する日本には、不向きな制度なのです。まず、高齢化の速度が速すぎるために、頻繁に大幅な負担の引き上げと給付の引き下げを行わな ければ、たちまち年金収支は赤字に転落します。

緩やかに高齢化する他の先進国では、制度の改定は 15~20 年に一度行えばよいのに対し、日本では少なくとも、国勢調査によって人口が確定する 5 年ごとに大幅な改定を行わなければなりません。高齢者は不安が募り、若い人は勤労意欲が低下するでしょう。年金でも健康保険でも、負担や給付の改定が速すぎると、人はついていけないものなので す。

さらに他の先進国では、2030 年代の中頃にはおおむね高齢化が止まるため、その時点 の高齢者と現役世代の比率をメドとして、長期安定的な年金制度をつくることができます。 しかし日本では、急速な高齢化がいつまでも止まらないため、そうした年金制度をつくろうにも、そのメドすらないのです。産児制限を契機とした出産年齢女性人口の激減による急 速かつ持続的な少子化という、日本特有の事情のためです。

そして最大の問題は、現役世代の負担増の行きつく先にあります。負担側と給付側の関係で見ると、米国、英国、フランスなどは、将来的に年金を負担する人が 7 割、もらう人が 3 割の水準で安定するのに対し、日本は負担する人が 5 割を切る計算になります。つまり 欧米では最終的に 2 人強の若者で 1 人の高齢者の面倒を見るのに対し、日本は 1 人弱 で 1 人の面倒を見なければなりません。もはや認容の限度を超えています。若い人の日本脱出が増えるかもしれません。

≪日本は 1 人弱 で 1 人の面倒≫とは、すこし前はそのように言われたようだが、現在の予測ではやや極論であり、たとえば次のような図表が示されている(内閣府)。




悪くしても、≪日本は 1 人弱 で 1 人の面倒≫ではなく、2060年には、1.3人弱 で 1 人の面倒ということになる。ただし驚くべき「現役世代の負担増」という指摘には間違いない。


ところで、元日銀副総裁の武藤敏郎氏ーー2度本命視されながら総裁になりそこなったーーが取り仕切った大和総研の膨大な「国家の大計」シミュレーション2013にはこうある。

日本の財政は、世界一の超高齢社会の運営をしていくにあたり、極めて低い国民負担率と潤沢な引退層向け社会保障給付という点で最大の問題を抱えてしまっている。つまり、困窮した現役層への移転支出や将来への投資ではなく、引退層への資金移転のために財政赤字が大きいという特徴を有している。(「DIR30年プロジェクト「超高齢日本の30年展望」」(大和総研2013 より、PDF

これはなんとしても是正されなければならないだろう。

アベノミクスの真の狙いが、お年寄りから若い世代への所得移転を促すことにあると いうのは正しい。(お金とは実体が存在しない最も純粋な投機である ゲスト:岩井克人・東京大学名誉教授【前編】

そのアベノミクスも雲行きが完全にあやしくなってしまった。

というわけで、若い人たちに、「「老特会」結成のすすめ」と、ふたたび言っておこう。わたくしはどちらかというと気の小さいほうなので、「暴動のすすめ」とまで言えないタチなのだ。

小泉:フランスは社会保障制度が充実しているとよく言われますが、社会政策・社会事業 を充実させたのは、若者の暴動です。パリ市郊外の若者暴動が社会問題として語られ、 危険な階級に対する社会防衛の必要性が認められているからこそ、暴動の根源的対策と しての社会政策が、政治家やインテリに受け入れられているのです。無論、暴動を起こす側は、そんなことを要求しているわけではないのですが、支配層をして、社会の安定のた めに社会政策を充実させないといけないと考えさせているのです。それは支配層が支払う 講和のための賠償金・和解金のようなものです。この内戦的な構造をよく見ないといけま せん。

日本で貧困層に金が回ってこない理由は、暴動がないからです。そこで、最近の日本の 陰気な犯罪は、ほとんど非正規雇用労働者の関連なのですから、例えば、老人ホームで 介護福祉士が高齢者を突き落とすような事件についても、労働問題として語ってやれば いいのです。持たざる無産者が、有産者の高齢者に復讐していると語りなおすだけで、支 配者層は恐れを抱くはずです。そのように内戦化しないと、金は引き出せません。 日本では、犯罪という形で単発的に孤立して暴動が起こっている。ところが、日本のインテ リには、そのあたりの感性とかセンスが全く消え去っている。そこが怖い。かつては、「あら ゆる犯罪は革命的である」という感覚がありました。一度はそう考えてみるべきである、とい う感覚です。その程度の「常識」すら失われていることが、日本の情勢を悪くしています。 フランスなど欧州では、「不穏で危険な過激派がいる」と思わせることで、引き出すべき金 を引き出しているのです。(「いよいよ面白くなってきた アンダークラスの視座から撃て 」廣瀬 純 (龍谷大教授)×小泉義之 (立命大教授),2016

…………

※附記


◆経済再生の鍵は 不確実性の解消 (池尾和人 大崎貞和) ーーー野村総合研究所 金融ITイノベーション研究部2011(「二十一世紀の歴史の退行と家族、あるいは社会保障」より)

池尾:日本については、人口動態の問題があります。高齢化・少子化が進む中で、社会保障制度の枠組みがどうなるのかが、最大の不安要因になっていると思います。

経済学的に考えたときに、一般的な家計において最大の保有資産は公的年金の受給権です。

大崎:実は、そうなんですよね。

池尾:今約束されている年金が受け取れるのであれば、それが最大の資産になるはずです。ところが、そこが保証されていません。

 日本の家計の金融資産は過半が預貯金で、リスク資産に配分しようとしない、とよく言われます。会計上見える資産では確かにそうなっています。しかし、実は不安定な公的年金制度という枠組みを通じてリスクを取らされているとも言えるわけです。公的年金の受給権という資産が安全資産化すれば、ほかにリスクを取る余地が生まれてくるはずです。

 そういうことをやったからといって家計の将来に 対する自信が回復するかどうかは分かりません。しかし、自信を回復し得る環境を整える必要はあります。消費についても同じです。大きな不確実性を背負った状態で、 「活発な消費をしろ」と言われても、それは無理だと思います。

大崎:国は「公的年金で老後の生活は安心だ」という説明をしたいんだけれども、国民はそのようには受けとめていなくて、 「制度は変更されるかもしれない。どちらかというと悪いほうへ変わりそうだ」と読んで行動しているということですね。

池尾:そうです。

大崎:ただ、 「何年には給付を削減します」と宣言してしまうと、これはこれでまた不安を呼ぶのではないかとも思います。

池尾:例えば、公的支援が限定的だということになると、残りは自助で支えなければいけない、という意識が高まります。既に高齢の場合には、確かに心細さは生じます。ですが、いわゆる予備的動機で行われる予備的貯蓄と言われる部分については、貯蓄する必要性は下がるはずです。

大崎:それは、リスクが読める分、自助努力で補充すべき分がはっきり計算できるからですね。

池尾:自助と言われたときに準備する時間が残されている世代もあります。高齢世代に関しても、これまでの将来への不安から貯蓄に励んできて、大量の金融資産を保有している方も多くいらっしゃいます。要するに、自身の長生きリスクと公的支援の変更リスクの両方に備えているんです。

 ですから、先行きの見通しをはっきりさせることが、政策運営上求められていると思います。抜本的改革をやって、持続可能性を持った社会保障制度を確立するというのは大きな課題だと思います。 (……) 大崎:今のお話を伺っていて思ったのは、政策当事者が事態を直視するのを怖がっているのではないか、ということです。例えば、二大政党制といっても、イギリスやアメリカでは、高福祉だけれども高負担の国をつくるという意見と、福祉の範囲を限定するけれどもできるだけ低負担でやるというパッケージの選択肢を示し合っているように思います。

 日本ではどの政党も基本的に、高福祉でできるだけ増税はしない、どちらかというと減税する、という話ばかりです。実現可能性のあるパッケージを示すことから、政策当事者が逃げている気がします。

池尾:細川政権が誕生したのが今から18年前です。それ以後の日本の政治は、非常に不幸なプロセスをたどってきたと感じています。

 それ以前は、経済成長の時期でしたので、政治の役割は余剰を配分することでした。ところが、90年代に入って、日本経済が成熟の度合いを強めて、人口動態的にも老いてきた中で、政治の仕事は、むしろ負担を配分することに変わってきているはずなんです。余剰を配分する仕事でも、いろいろ利害が対立して大変なんですが、それ以上に負担を配分する仕事は大変です。

大崎:大変つらい仕事ですね。

池尾:そういうつらい仕事に立ち向かおうとした人もいたかもしれませんし、そういう人たちを積極的にもり立ててこなかった選挙民であるわれわれ国民の責任も、もちろんあると思います。少なくとも議会制民主主義で政治家を選ぶ権利を与えられている国においては、簡単に「政治家が悪い」という批判は責任ある態度だとは思いません。

 しかしながら事実問題として、政治がそういった役割から逃げている状態が続いたことが財政赤字の累積となっています。負担の配分をしようとする時、今生きている人たちの間でしようとしても、い ろいろ文句が出て調整できないので、まだ生まれていない、だから文句も言えない将来世代に負担を押しつけることをやってきたわけです。



2016年5月17日火曜日

化石多民族国家日本

以下、20年近く前の中井久夫の「日本の心配」全文。

古くなっているところもある。たとえば、≪日本の魅力は何だろうか。とにかく目下アジアでいちばん言論の自由であることは認めてよかろう≫とは、この20年間、とくに2010年代になっておかしなほうに向かってしまった。

ほかにも≪21世紀の半ばに6千万の人口になる≫というのは、当時そのようにいわれたのだろうが、最近は、9千5百万人ほどとの調査がある。




これらの細部を除いては、いまだ充分に読むに耐えるものであり、ある意味「移民のすすめ」論といってよく、かつまた日本民族というものを相対化させてくれるすぐれたエッセイである。とはいえ、現在の日本とは、移民をひきつけるほどの魅力のある国なのだろうか、という問いは生じる。その意味では、このエッセイが書かれてからの「失われた20年」、経済停滞、大幅な財政赤字、格差拡大、2011年の原発事故などに、暗に思いを馳せさせる文章でもある。


◆日本の心配(神戸新聞、1997.3.05) 中井久夫

このごろは新聞記事を見ても、周りの会話を聞いていても、日本の将来を心配する声が盛んである。

「日本が亡ぶ」という亡国論がある。しかし「国が亡ぶ」ということは文字どおり国が消滅しわれわれが死滅することではない。日本には数々の戦争と飢饉があって、しかもわれわれがここにいる。「亡ぶ」とは軽々しく吐くべき言葉ではないと私は思う。

心配の種の第一は高齢化社会である。しかし、これは必ず一時である。一時であり、また予見できるものは耐えられる。行政は最悪の場合を考えて対策を立てるものである。当然そうあるべきであり、行政特有の習性でもある。最悪の場合が実現の確率がもっとも高いとは限らない。高齢者が働けるように医学も行政も考えて突破するのが正道であるが、平均寿命自体が減少に向かうかもしれない。嬉しいことではないが、2030年といわれるピークまでに流行病が絶無である確率のほうが少ない。それに戦時中、小学生であった私の年齢の周辺は自殺率だけでなく病死率も高いのである。戦後っ子はどうか。

その先の心配は、人口減少という。21世紀の半ばに6千万の人口になる。だが、太平洋戦争開始時の「内地」人口は7千万以下であった。当時は4つの島ではやってゆけないと政治家もジャーナリズムもやかましく唱えて戦争を合理化したのだが、戦後4つの島で立派にやってゆけたではないか。

もちろん問題は人口の構成だといわれるだろう。しかし、人口減少と高齢化とは事実上すべての先進国に起こったことである。たとえばフランスでは、「20世紀初頭にフランス人であった人の子孫」は半世紀後すでに4割だといわれていた。今はもっと少なかろう。空白を移民が埋めたのである。わが国でも江戸人の末裔は現在の東京に10万いないだろう。後は全国からの移住者である。真空が周囲の空気を吸いよせるようなものである。

さて、日本の周囲には人口過剰の国が目白押しである。短期的には政策によって左右できるだろうが、長期的には日本が例外となるかどうか。ムソリーニは人口増加のために「独身税」を創設したが、効果があったとは聞いていない。人間はお国のために生殖にはげむものではない。第一、もう間に合わない。欧州諸国が非婚の子にやさしいのは悪いことではないが、これが人口政策の一環だと聞くと、それはにわかに賛成しがたい。

もし、欧州諸国のように、長期的には移民が将来の日本人を作ってゆくならば、それは無条件に危機か。たしかにマフィアのようなものが入ってきては困る。日本の麻薬に対するガードは固く、法的にも社会的にも制裁はきびしい。世界一だろう。日本の治安のよさは若年失業率の少なさとともに、このことによる。

欧州の場合、フランス文化は現在外国からの20世紀以後の移住者が担っているといってよい。わが国でも大方の予想以上いすでにそうである。カナダへの日本移民はもっとも成功した移民の歴史といわれる。まず結婚というテストがある。結婚しないで賭博や酒に明け暮れた移民は子孫を残さなかった。次に教育である。移民先覚者の凄い努力があった。3世の8、9割が非日系と結婚して「日系」は4、5世で消滅するという。日本では、結婚に際しての差別の個々例はいくらでもあろうが、宗教的障壁が低い利点もある。

ミトコンドリアDNA解析によれば、日本人ほど多種多様なものはないそうである。東アジア、東南アジアはもちろん、コーカジアン(いわゆる白人)はもとよりアフリカの血も結構入っているから驚く。未知の人種まであるそうだ。ここ以外では亡んだのかも。

考えてみれば、アジアの東端である。民族大移動の際に西に向かって西洋を作ったのもあるが、東に向かったのもあるだろう。たどり着いた人のたいていは太平洋の怒涛を眺めて、もう先がない、ここに腰を落ちつけようと思ったろう。そして、ユーラシア大陸には生きにくい時が多かった。孔子さまも、中国の政治に絶望して「私もむしろ筏に乗じて東海に浮かびたい」と叫んでおられる。歴史時代でも、百済と高句麗の遺民を受け入れ、蒙古襲来の際も中国・朝鮮系兵士は日本に入植させている。日本は化石多民族国家である。

ただ、よい人が魅力を感じるにはよい国でなければならない。フランスに文化的吸引力があるからジェンケレヴィッチもクリステヴァも来たわけである。日本の魅力は何だろうか。とにかく目下アジアでいちばん言論の自由であることは認めてよかろう。アジアに対して日本が貢献できるのは第一にはこれであると私は思う。17世紀西欧におけるオランダの役割である。明治時代にも朝鮮、中国、ベトナムの「志士」が日本に来ている。

私は「外人」という言葉を外国人が好まない事実を尊重したい。在日の人を別にして日本にいる外国人を「来国人」と呼んではどうであろうか。これも私の気づかない欠点があるだろうが、「外人」が主に紅毛碧眼の人種を指す点がなくなるだけでもよかろう。「古事記」にも「今来(いまき)、古来(ふるき)」という言葉がある。

…………

※付記

一般に人口予測とは次のように言われる。


【人口予測は当たるのか】
人口予測は経済予測よりも確実だという言い方がよく聞かれるが、それは今から 50 年前に現在の 人口構造をほとんど予測できなかったことを忘れた議論である。 「少子化」という言葉が登場したの は 1990 年代になってからのことであり、 1980 年代まで私たちは現在ほどの少子高齢化を想定できな かったのである。恐らく、私たちは今から 50 年後の人口構造を正しく予測することはできないだろ う。 これまで各時点で人口の将来推計は行われてきたが、 将来推計人口とは、 あくまでも最近の傾向を延長して将来に投影したプロジェクションにすぎない。そこには例えば賃金や価格の変化によって 人々の行動(出生行動や居住地の移動)が変化するという要素は組み入れられていない。50 年先の 人口構造は、 現在の傾向の延長線上にあるのではなく、 人々の考え方の変化や経済動向などによって 大きく変化すると考えた方がよいだろう。だからこそ経済成長は重要なのである。 とはいえ、今後の 20~30 年先までについて言えば、人口推計結果に近い現実が訪れる確率はかな り高い。 人口動態には強い慣性があるため、 当面の期間について、 既に実現した出生行動や長寿化傾 向を前提に考えることには合理性がある。 仮に、 現時点で出生数が突然増えたとしても、 新生児が成 人するまでには 20 年を要する。 日本の高齢化率が 30%を超えることが、 ほぼ確実である以上は、 様々 な社会の仕組みをそれに適合したものに変革する必要がある。(超高齢日本の 30 年展望  持続可能な社会保障システムを目指し挑戦する日本―未来への責任(大和総研、理事長 武藤敏郎 監修 調査本部、PDF)

1997年当時、中井久夫の文にあるように2050年の人口が6千万人と予測され、現在、9500万人と予測されるのは、驚くべき大きな誤差だと人は思ってしまう。だが、過去の歴史もその連続だったわけだ。現時点からの2050年の人口予測は、ほぼ確度の高い射程内に入ったということが言えるのだろう。







声に末期の 水をのみ

早くして 仕舞いなと 下女ひんまくり (摘)

をしいこと まくる所を下女 呼ばれ(摘)






したい時ア いつでも云えと 下女に云い(摘)

したい時ア 半時待てと 嚊に云い

ふた刻で 効験あらかた カマストラ

良薬を 用いた晩は なきわめき(摘)




若後家の、胡粉で白く塗られた足の指は、傳來の畫法によつて、悉く内側へ深く撓められてゐる。からめた白い腿から顫動が走つて、足指のところで堰かれて、曲られた指の緊張が、無限に流れ去らうとする恍惚を遁がすまいと力んでゐるように見える。(三島由紀夫「春の雪」)

をみなごのふち澄みうるほひ をりふしにおとがひあげて 鶴さはに鳴く

もう一つ させてたもれと ゆり起こし(摘)

初々しく またぐら おっぱたげ (摘)





裏表 下女二た晩に おねだり出し (摘)

死にますの 声に末期の 水をのみ (摘)

嚊と婢女 汐干にみえぬ貝と貝 やらやらもあり





三度の飯は常食にして、佳肴山をなすとも、おやつになればお茶菓子もよし。屋台店の立喰、用足の帰り道なぞ忘れがたき味あり。女房は三度の飯なり。立喰の鮓に舌鼓打てばとて、三度の飯がいらぬといふ訳あるべからず。家にきまつた三度の飯あればこそ、間食のぜいたくも言へるなり。此の理知らば女房たるもの何ぞ焼くに及ばんや。(荷風『四畳半襖の下張』)

2016年5月16日月曜日

揺らめかすvaciller というロラン・バルトの鍵言葉

見せかけの国 l'empire des semblants」と「ファルスの国 l'empire du phallus」にて、次のようにーーテキトウにーー記した。

…………

揺らめかすvaciller とは、70年前後以降からのバルトの鍵言葉のひとつだが、ここではそれに触れない。ただし、現在主流のラカン派でも、この言葉がキーコンセプトの一つであることだけを示しておく。

精神分析とは、見せかけを揺らめかすことである、機知が見せかけを揺らめかすように。[la psychanalyse fait vaciller les semblants , le Witz fait vaciller les semblants](ジャック=アラン・ミレール)

…………

というわけだが、ラカン自身にも、バルトの『記号の国』に触れたセミネール18に「主体を揺らめかす」という表現がある、≪…remplacé par le « Il existe » pur de cette inter-signifiance dont je parlais tout à l'heure pour qu'y vacille le sujet.≫(S.18)。(ただし、似たような言い方は、セミネールⅩⅠにもあるので、バルトに影響を受けた、という言い方はしないでおく)。

さて、いくつかわたくしの印象に残っているバルトの「揺らめかす」をーーめったにしないことだがーー仏原文を含めてすこし調べてみたら、次の通り。


◆ロラン・バルト『記号の国』
エクリチュールとは結局のところ、それなりの悟りなのである。悟り(「禅」におけるできごと)とは、多少なりとも強い地殻変動であり(厳粛なものではまったくない)、認識や主体を揺るがせるものである。つまり、悟りは言葉の空虚を生じさせてゆく。そして、言葉の空虚こそがエクリチュールをかたちづくる。「禅」は、その描線で、禅庭や、人のしぐさ、家屋、生け花、人の顔、暴力などを、いかなる意味からも免除させながら書いてゆくのである。

le satori (l'évé-nement Zen) est un séisme plus ou moins fort (nullement solennel) qui fait vaciller la connaissance, le sujet : il opère un vide de parole. Et c'est aussi un vide de parole qui constitue l'écriture ; c'est de ce vide que partent les traits dont le Zen, dans l'exemption de tout sens, écrit les jardins, les gestes, les maisons, les bouquets, les visages, la violence(Roland Barthes, L'Empire des signes)


◆『テキストの快楽』
快楽のテクスト。それは、満足させ、充実させ、快感を与えるもの。文化から生れ、それと縁を切らず、読書という快適な実践に結びついているもの。

Texte de plaisir : celui qui contente, emplit, donne de l'euphorie ; celui qui vient de la culture, ne rompt pas avec elle, est lié à une pratique confortable de la lecture.
悦楽のテクスト。それは、忘我の状態に至らしめるもの、落胆させるもの(恐らく、退屈になるまでに)、読者の、歴史的、文化的、心理的土台、読者の趣味、価値、追憶の擬着を揺るがすもの、読者と言語活動を危機に陥れるもの。

Texte de jouissance : celui qui met en état de perte, celui qui déconforte (peut-être jusqu'à un certain ennui), fait vaciller les assises historiques, culturelles, psychologiques, du lecteur, la consistance de ses goûts, de ses valeurs, et de ses souvenirs, met en crise son rapport au langage.(Roland Barthes, Plaisir du Texte)


◆『明るい部屋』
効果は確かに感じられるのだが、しかしその位置を突きとめることはできず、その記号、その名前が見出せない。その効果は切れ味がよいのだが、しかしそれが達しているのは、私の心の漠とした地帯である。それは鋭いが覆い隠され、沈黙のなかで叫んでいる。奇妙に矛盾した言い方だが、それはゆらめく閃光なのである。

l'effet est sûr, mais il est irrepérable, il ne trouve pas son signe, son nom; il est coupant et atterrit cependant dans une zone vague de moi-même; il est aigu et étouffé, il crie en silence. Bizarre contradiction : c'est un éclair qui flotte.(La Chambre claire)

ーーというわけで、「ゆらめく閃光」は、vaciller ではなく、flotter だった。だが、いずれにせよ明らかにこの二語は関係がある(参照:「固有名とマナ」)。そして、flotter とは、レヴィ=ストロースの浮遊するシニフィアン、マナにかかわる(参照:バルトとマナ(浮遊するシニフィアン signifiant flottant))。

作家はいつも体系の盲点にあって、漂流している。それはジョーカーであり、マナであり、ゼロ度であり、ブリッジのダミー、つまり、意味に(競技に)必要ではあるが、固定した意味は失われているものである。彼の位置、彼の(交換)価値は、歴史の動きや戦術によって変わる。彼には、すべて、および/あるいは 無が要求される。彼自身は交換の外にあって、利益ゼロ、無所得禅の中に没入する。単語の倒錯的な悦楽以外には何も得ようとせずに(しかし、悦楽は決して獲得ではない。悦楽と悟り、忘我の間に、距離はない)。逆説。すなわち、(悦楽によって死の無償性に接近する)エクリチュールのこの無償性を作家は沈黙させる。彼は体を引き締め、筋肉を堅くし、漂流を否定し、悦楽を抑える。イデオロギーの抑圧とリビドーの抑圧(もちろん、知識人が自分自身に、自分自身の言語活動に加える抑圧)の双方と同時に戦う作家は非常に少ない。 (ロラン・バルト『テクストの快楽』)
マナとしての語

ひとりの著作者の語彙系の中には、つねにひとつ、マナとしての語の存在する必要があるのではないか。その語の意味作用、燃えさかり、多様な形をもち、補足できず、ほとんど神聖であり、その語から人は、それによって何にでも応えることができる、という錯覚を与えられる。その語は、中心はずれでもなければ、中心的でもない。それはみずから動くことなく、しかも運ばれ、漂流し、決して《仕切りの中にはめ込まれる》ことなく、つねに《アトピック》であり(どんなトピカからも逃れ)、残余であると同時に追加であり、ありとあらゆる記号内容をまとめて代表する記号表現である。その語は彼の仕事の中に徐々に姿をあらわした。それははじめのうち、“真理”の審級(“歴史”のそれ)において覆い隠されていた。次には“妥当性”の審級(体系と構造のそれ)において覆い隠された。が、今、それは開花している。その、マナとしての語、それは「身体」という語である。 (『彼自身によるロラン・バルト』)

※「浮遊するシニフィアン(signifiant flottant)」
われわれは、マナ型に属する諸概念は、たしかにそれらが存在しうる数ほどに多様であるけれども、それらをそのもっとも一般的な機能において考察するならば(すでに見たように、この機能は、われわれの精神状態のなかでもわれわれの社会形態のなかでも消滅してはいない)、まさしく一切の完結した思惟によって利用されるところの(しかしまた、すべての芸術、すべての詩、すべての神話的・美的創造の保証であるところの)かの「浮遊するシニフィアン(signifiant flottant)」を表象していると考えている。 (レヴィ=ストロース『マルセル・モース著作集への序文』) 
……すべてのシニフィアン化 signifying 領野は、補充のゼロシニフィアンによって「縫合」される。《ゼロの象徴的価値、すなわち、補充の象徴的内容の必然性(必要性)を徴付ける記号、シニフィエが既に含有するものの上に覆い被さるもの》(レヴィ=ストロース)。

このシニフィアンは、「純粋状態におけるシンボル a symbol in its pure state」である。どんな確定した意味も欠如しており、意味の不在と対照的に、意味の現前自体を表す。さらにいっそう弁証法的捻りを加えるなら、意味自体を表すこの補充シニフィアンの顕現の様相は、「非意味」である(ドゥルーズが『意味の論理学』でこの要点を展開したように)。こうして、マナのような概念は、《あらゆる有限の思考から逃れ去る「浮遊するシニフィアン」以外のなにものでもないものを表象する》(レヴィ=ストロース)。ーー(ジジェク、LESS THAN NOTHING,2012より私訳ーー「固有名とマナ」)

…………

さて、ここでは浮遊するシニフィアンの話ではなく、焦点を絞って「揺らめかす」に戻る。

バルトの文のなかに、≪読者の、歴史的、文化的、心理的土台、読者の趣味、価値、追憶の擬着を揺るがすもの、読者と言語活動を危機に陥れるもの≫とあった。これは、歴史的、文化的、心理的土台が擬着していなければ、揺らめかしようがないとさえ言える。

見せかけの国 l'empire des semblants」と「ファルスの国 l'empire du phallus」にて、日本のような無イデオロギーの国、見せかけの国、女性の論理が支配的な国、あるいは「いつのまにかそう成る会社主義 corporatism」の国(柄谷行人)、「おみこしの熱狂と無責任」の国(中井久夫)では、いささかファルス的であったほうがいいのではないか?ーーと記したのはこの意味合いでもある。

たとえば、蓮實重彦は次のように言っている。

僕は「ニュー・アカデミズム」は本質的に思想運動ではなく「闘争」だったと思っています。その「闘争」は、出発点において共同体内の戦いだった。浅田彰にしても中沢新一にしても、その戦いを一つの攻撃として組織したんだと思います。そうした姿勢を勇気づける雰囲気はある程度準備されてはいましたけれど、より持続的な戦いの端緒として『構造と力』や『チベットのモーツァルト』は出版されたわけです。その際、共同体内の敵はもっと強力なものだという自覚があったはずです。その自覚とは、あっさり蹴散らされるほどの理論的な強力さではなく、いわば無視されるといった程度の負の強力さを予測していたということです。

ところが、仮想敵がまるで強くなかった。浅田氏にしろ中沢氏にしろ、積極的な敵意に出会う以前に共同体内的な嫉妬によって受け入れられ、それをバネにして共同体内で勝利してしまったのです。これは、日本社会の無責任的な柔構造にからめとられたということにほかなりませんが、大学といった「アカデミズム」の場にまで拡がり出しているこの柔構造の無責任性は、いつでも逆転しうるものだ。王殺しはたえず共同体的な健康維持として可能ですが。ところで、いわゆる「ニュー・アカデミズム」が一時的に占有しえた王の位置というのは、彼らが意図してそこについたわけのものでない。いわば、彼らの書物が読まれたことからくる思想的な勝利ではなく、共同体が容認しうるイメージに翻訳された観念に支えられたものでしょう。「アカデミズム」でさえ、そのイメージに汚染されているわけで、まあ、僕の場合なら、そうしたイメージ汚染の現状を物語批判として展開したのだけれど、「ニュー・アカデミズム」の当事者たちの方は、ある程度、そのイメージ汚染の醜悪さを楽しんでいました。それが柄谷さんのいう「調子に乗ってやってきた」という側面だと思いますが、いまや、彼らの書物が持っていた「闘争」性があらためて問われるときだと思う。(蓮實重彦『闘争のエチカ』P176)

仮想敵がまるで強くない、かつ柔構造の無責任性をもっている日本では、「揺らめかす」ことを試みてもたいした効果はないのだ。


ところで、若手ラカン派のすぐれた論客の一人、ロレンツォ・キエーザには、ラカンを引用しつつ、「横にずれる」ということの意味合いをたくみに説明する文がある(“Lacan and philosophy : the new generation / edited by Lorenzo Chiesa” 、2014)。≪哲学的存在論の「全体化への欲望」を弁証する(結び目を解く unsuture)のだ≫。これは哲学的言説がしっかりしていなければ、揺らめかしようがないではないか、とわたくしは読む。揺らめかすためには、「哲学的言説によって言い表されたある参照点」が必要なのだ。これは哲学的言説に限らない。ここではあえてファルス的言説とっておこう。ファルス的言説がなければ、揺らめかしようがないではないか、と。

以下、ロレンツォの論から、やや長く抜き出しておく(「僕らしい」(ボククラシー je-cratie)哲学者たち)。

もし、一方で、哲学は、m'être (私-在、私-支配)の言説を典型的に表すなら、つまり、「私は私自身の主人maîtreである」という妄想的な信念の言説、もっと正確に言うなら、《m'être à moi meme[我々に「私は私自身の主人だ」と思い込ませてくれる]》(Lacan,S.17)言説であるなら、他方で、精神分析はこの支配 mastery の古臭い存在論ーーそれは、ボククラシー[je-cratie]も同然である:ーー、《理想のボクの神話、支配するボクという神話、少なくとも何かがそれ自身、つまり話し手と一致するというボクの神話》(Lacan,S.17)--を代替すべきだとする。それは、par-être の言説への代替である。パラ存在 para-being としてある言説、横にずれてある[être à côté]言説だ。
パラ存在論とは何か? それは、なによりもまず、シニフィアン(文字としての)の偶然性と物質性、その結果として、そのシニフィアンの上に乗る言語の法の偶然性と物質性にかかわる横方向からの lateral 存在論である。

(……)パラ存在論でさえ、必然性の存在論に陥る危険はある。それは、文字の偶然性という必然性の存在論だ。だから反哲学的「悪魔払い」は…結局のところ充分ではない。

ラカンは充分にこの危険に気づいていた。たとえば、セミネールXVIIにて、彼はこう言う、《哲学によるどんなアカデミックな言明、…もしそれが哲学ならいずれにせよ、ボククラシー[je-cratie]が避けがたく出現する》。

しかしながら、ラカンは同じように気づいていた、彼もそれを避けられない事実を(同様に、彼の精神分析的言説もまた、同じレヴェルで、原支配 Ur-mastery の言説だという印象を完全には追い払いえないという事実を)。

要するに、我々はまず、哲学的存在論を m'être(私-存在)の言説として読むことを学ぶべきだ。それは、究極的に、つねにを「一」としての「世界 uni-verse(一界)」を支配しようとする挫折される試みを前提としている。したがって、その存在論に沿って、いやむしろその傍らでーー哲学的存在論と平行して動いている存在の「裏面 l'envers 」にて--、パラ存在(横にずれてあること[être à côté])を見いだすべきだ。

しかし、最も重要なのは、我々はまた、次のことを認めねばならないことだ。一方で、《言語は、哲学的言説の領野、その言説がそれ自身を繰り返して刻むたんなる領野より、その資源のなかにはるかに豊かさを証している》のだが、それにもかかわらず、「哲学的言説によって言い表されたある参照点」は存続する。《その言説は、どんな言語の使用からも完全には消去することは難しい》(S.17)から。

哲学によって支えられた伝統的な存在論は、ある程度は、超えがたいものだ。パラ存在論は、その名がはっきり示しているように、哲学的存在論を打ち負かしたり揚棄するものではない。哲学的存在論が…無意味だとして、それを除去しようとする動きを装っているのでさえない。(……)そうではなく、パラ存在論はむしろ、哲学的存在論の「全体化への欲望」を弁証する(結び目を解く unsuture)のだ。そして、文字の偶然性と物質性を指差し、その裏面 envers を暴く。……(Lorenzo Chiesa、2014)