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2015年12月16日水曜日

さあイスラム国抜きでわしらはどうなる?

野蛮人を待つ  カヴァフィス


「市場に集まり 何を待つのか?」

 「今日 野蛮人が来る」

「元老院はなぜ何もしないのか?
 なぜ 元老たちは法律も作らずに座っているのか?」

 「今日 野蛮人が来るからだ。
  今 法案を通過させて何になる?
  来た野蛮人が法を作るさ」

「なぜ 皇帝がたいそう早起きされ、
 市の正門に玉座をすえられ、
 王冠をかぶられ、正装・正座しておられるのか?」

 「今日 野蛮人が来るからだ。
  皇帝は首領をお迎えなさる。
  首領に授ける羊皮紙も用意なすった。
  授与する称号名号 山ほどお書きなすった」

「なぜわが両執政官、行政監察官らが
 今日 刺繍した緋色の長衣で来たのか?
 なぜ紫水晶をちりばめた腕輪なんぞを着け、輝く緑玉の指輪をはめ、
 みごとな金銀細工の杖を握っているのか?」

 「今日 野蛮人が来るからだ。
  連中はそういう品に目がくらむんだ」

「どうしていつものえらい演説家がこないのか?
 来て演説していうべきことをいわないのか?」

 「今日 野蛮人が来るからだ。
  奴等は雄弁、演説 お嫌いなんだ」

「あっ この騒ぎ。おっぱじった。なにごと?
 ひどい混乱(みんなの顔が何とうっとうしくなった)。
 通りも辻も人がさっとひいて行く。
 なぜ 皆考え込んで家に戻るんだ?」

 「夜になった。野蛮人はまだ来ない。
  兵士が何人か前線から戻った。
  野蛮人はもういないとさ」

さあ野蛮人抜きでわしらはどうなる?
 連中はせっかく解決策だったのに」


(中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」:みすず書房)より


…………

引き続き、ジジェクの最近の記事( 9 DECEMBER 2015)を私訳して掲げよう。この記事を読んでいたら、なぜかカヴァフィスの「野蛮人を待つ」を想起してしまった。とはいえ、いまこうやって並べてみると、たいして関係がない、と言っておこう。ましてや、イスラム国の「連中はせっかく解決策だったのに」などとは、わたくしは口が裂けてもいわない。

かつまたジジェクのこの記事は、少なくとも一部ではいささか評判の悪いものであり、さらには初稿では「デマ情報」らしきものを使ってしまっていたようでもあることをも強調しておこう。

Editor's note, 9 December: This article originally included a statement that was falsely attributed to the head of Turkey's National Intelligence Organization. This has now been removed.

さて、ジジェクの「我々はトルコについて語る必要がある」(Slavoj Žižek: We need to talk about Turkey)からだが、(いつものごとく)厳密さをまったく期していないテキトウ訳なので、かならず原文を参照のこと。

我々はイスラム国に対して戦争状態にあるという厳粛な宣言には、何か奇妙なところがある。あの宗教的なギャングに一致団結して対抗するすべての世界の超大国ーーほとんど砂漠である小さな土地の断片を支配しているに過ぎないギャングに対する彼ら…。これは次のことを意味しない、すなわち、我々はイスラム国を破壊することに焦点を絞るべきではないなどと言うつもりはない。無条件に、どんな「しかしながら…」もなしにそうすべきだ。

唯一の「しかしながら」は、我々は「本当に」イスラム国を破壊することに焦点を絞るべきということでる。そして、このためには、悪魔に取り憑かれた原理主義者の敵に対する役に立たない宣言や、すべての「文明化された」勢力の連帯への呼びかけよりも遥かにもっと必要なことがある。人が引き込まれるべきでないのは、左派リベラルの常套的繰り言、「我々はテロによってテロと戦うことはできない、暴力はもっと暴力を生み出すだけだ」というヤツだ。今はすでに次の不愉快な問いを掲げる時だ。すなわち、如何に可能だというのだろう、イスラム国が生き延びるなどということが? と。

あらゆる側からの公式の非難と拒絶にも拘らず、我々皆が知っているのは、次のような勢力や国家があるということだ、すなわち、イスラム国に秘かに寛容であるだけでなく、彼らを援助している勢力や国家がある。

David Graeber が最近指摘したように、トルコはイスラム国のテリトリーへの完全な封鎖をしているのか、シリアのクルド人が保有するテリトリーにした同じ種類の封鎖を。ましてやトルコがイスラム国に提供している「善意の傍観」と同じ種類の態度が、PKK(クルド労働者党)やYPG(クルド人民防衛隊)に向けられただろうか。もしそうなら、イスラム国はずっと前に崩壊していただろうし、おそらくパリのテロ攻撃も起こらなかったのではないか。

それどころか、トルコは、イスラム国 ISの負傷兵を治療することによって、かつまたISに支配されたテリトリーからの石油の輸出に便宜を図ることによって、ISを用心深く手助けしている。だがそれだけではなく、野蛮にもクルド人勢力を攻撃することによって手助けしている。クルド人勢力は、イスラム国との本格的な戦闘にたずさわる「唯一の」国内勢力なのに。

そのうえトルコは、シリアにおけるイスラム国のポジションを攻撃しようとするロシア戦闘機を撃ち落としさえした。同様なことがサウジアラビアーーこの地域における米国の鍵となる同盟国ーーにおいても起こっている(サウジはシーア派へのイスラム国の戦争を歓迎している)。そしてイスラエルさえ、日和見的計算からイスラム国の非難にいやに沈黙している(イスラム国は、イスラエルが主要な敵と見なしている親イランのシーア勢力と闘っている)。

11月終りに発表されたEUとトルコのあいだの取引(その取引の下、トルコはヨーロッパへの難民流入を抑制するというものだ。EUからの気前のよい財政援助、最初は30億ユーロ(約3900億円)を拠出することによって)ーーこれは、恥知らずの胸がむかつく振舞い、厳密な意味での倫理-政治的災厄である。これが「テロとの戦争」のなされ方だというのか? トルコの恐喝に屈服して、シリアにおけるイスラム国台頭の主要な刑事被告国のひとつに報酬を与えることが。

この取引の日和見-実利的正当化ははっきりしている(トルコに賄賂を贈ることが難民流入を制限する明瞭な方法ではないか?)。しかし長い目でみた帰結は破局的だ。このどんよりした背景が明らかにしていることは、イスラム国に対する「全面戦争」は本気に取られていないに違いないことだ。彼らは全面戦争などとは本当には思っていない。

我々はまったく文明の衝突を取り扱っているのではない(西側キリスト教徒対ラディカルイスラム)。そうではなくそれぞれの文明内部での衝突だ。すなわち、キリスト教徒の宇宙のなかでの米国と西側ヨーロッパ対ロシア。ムスリムの宇宙のなかでのスンニ派対シーア派である。イスラム国の醜怪さは、これらの闘争を覆う「フェティッシュ(呪物)」として機能している。そこでは、どちらの側も、本当の敵を叩くために、イスラム国と闘うふりをしているのだ。


ーーこの文の最後でジジェクが使っている「フェティッシュfetish」という用語は、最も基本的には「見せかけsemblant」のことで、リアルに遭遇することによって生じる恐怖や不安を避けるために機能する「ベール veil」である。かつまたフェティシストとは、その語感から生じるだろうイメージとは異なり、現実主義者である。

最愛のひとの死の例をみてみよう。症状の場合、私はこの死を“抑圧”する。それについて考えないようにする。だが抑圧されたトラウマが症状として回帰する。フェティッシュの場合は、逆に、私は“理性的”には死を完全に受け入れる。にもかかわらずフェティシュな物ーー私にとって死の否認を取り入れるなにかの特徴――にしがみつく。この意味で、フェティシュは、私を苛酷な現実に対処させる頗る建設的な役割を果たす。フェティシストは自身の私的世界に没入する夢見る人ではない。彼らは徹底的な“リアリスト”である。もののあるがままを受け入れるのであり、というのはフェティシュな物にしがみついて、現実の全面的な影響を和らげることができるからだ。(ジジェク『ポストモダンの共産主義』私訳)

…………

※附記:

トルコのシリアでの戦いにおける「標準的な位置づけ」(おそらく?)は、「How the growing web of conflict in Syria became a global problem(2015/11/03,washingtonpost)」によれば、次ぎの通り(参照:「イラク難民」と「シリア難民」の混淆による国境の消滅)






この見方であるならば、ジジェクのトルコ糾弾はいささか過剰であるということになる。だがジジェクはそれを「見せかけ」であると指摘しているわけだ。

ジジェクの判断寄りの情報としては、たとえば、昨日(2015.12.15)のロサンジェルスタイムズの「U.S. presses Turkey to do more in coalition's fight against Islamic State」がある。

トルコの話とは別に、ロシアの曖昧な位置を学ぶには、2年まえの論文だが、福富満久氏の「「軍事介入の論理」 M.ウォルツァーとM.イグナティ エフ : シリア問題に寄せて」(PDF)が わたくしにはとても参考になった。

ロシアにとってシリアは、軍事戦略上重要拠点である……。またシリアはロシアにとって重要な武器輸出国であり、シリアの港湾都市タルトゥースに遠洋で唯一の補給基地があり、空母艦隊を実戦配備している。もし「同盟国」 シリアを失うことにでもなれば、関係の深かったリビアを昨年の「ジャスミン革命」で失ったロ シアにとって、地中海での影響力を完全に失うこととなる。

とはいえ、このあたりのことは、かねてより関心のある人々には常識的なことなのだろう。