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2015年8月7日金曜日

人間の思考はその人間の母語によって決定される

以下、二日前の投稿を操作ミスで削除してしまったので、再投稿


……発話をおこなっている主体の驚くべき立場を明らかにして、その位相を動かしてみること。ようするに、翻訳不可能なものへ降りてゆき、その衝撃をけっして和らげようとはせずに、わたしたちのなかで西欧全体がゆさぶられて父語の権威がゆらぐようになるまで、衝撃を感じとろうとすること。父語とは、父祖からわたしたちに伝えられたものであり、そのつぎにわたしたちを文化ーーまさに歴史によって「自然なもの」に変えられるのだがーーの父祖かつ所有者にしてしまうものなのだから。アリストテレス哲学の主要概念が、ギリシア語の主要な分節によっていわば制約をうけていることをわたしたちは知っている。その場合とは逆に、とても遠い言語が瞬間的なひらめきにとって暗示しうるような還元不可能な差異、という視点に身をおいてみるのは、どれほど有益なことであろうか。チヌーク語、ヌートカ語、ホピ語などについてのサピアやウォーフのしかじかの章や、中国語についてのグラネのしかじかの章、日本語についてのある友人の言葉などは、完全なロマネスク世界をひらいてくれる。現代のいくつかのテクストだけが、ロマネスクについての概念をあたえうるのであり(どんなロマン - 小説にもそれはできない)、わたしたちの言葉(わたしたちが所有者である言葉)ではどうしても見ぬくことも発見することもできなかった風景に気づかせてくれるのである。

……主体と神は、追いはらっても追いはらっても、もどってくる。わたしたちの言語のうえに跨がっているからである。これらの事実やほかのさまざまな事実などから、確信することになる。社会を問題にしようと主張するときに、そうするための(道具になる)言語の限界そのものをまったく考えずに問題にしようとしても、いかに愚かしいことであろうか、と。それは、狼の口のなかに安住しながら狼を殺そうと望むようなものだからである。したがって、わたしたちにとっては常軌を逸している文法を習ってみること。そうすれば、すくなくとも、わたしたちの言葉のイデオロギーそのものに疑念をいだくようになる、という利点はもたらされるであろう。(ロラン・バルト『記号の国』pp.15-17 石川美子訳)

この文の「サピアやウォーフのしかじかの章」の箇所に訳者注があり、《 バルトが関心をもったのは、人間の思考はその人間の母語によって決定されるという、この「サピア・ウォーフの仮説」なのであろう》(P.18)とある。

とはいえ、この「サピア・ウォーフの仮説」は種々の変奏があるだろう。いや時間的にはニーチェのほうが先行している。ニーチェは西欧哲学全体が、その文法体系に囚われていると1886年、既に指摘している。

個々の哲学的概念は、けっして任意にそれ自身だけで生ずるものでなく、相互の関係関連のうちに成長するものである。また、それが一見いかに唐突に恣意に思考の歴史のなかにあらわれていようとも、じつは一つの体系に属しているのであって、さながらある大陸に棲むすべての生物が一つの系統に属するようなものである。――以上の事実は、この上なく異なった哲学者たちも、結局は、ある考えられうべき根本方式を、つねにくりかえししかも確実にみたしているということによっても察知されよう。彼らは目に見えぬ呪縛の圏内にあって、同じ軌道をつねにふたたびまわってゆく。かれらはその批判的ないしは体系的意志をもって、互に、独立しているように感じているではあろう。しかも、彼らの内のなにものかがつねに彼らを導いている。なにものかが、すなわち、彼の生得の概念の体系と類縁が、彼らを一定の順序にしたがってつぎつぎと駆り立ててゆく。

事実、彼らの思考は発見ではなくて、むしろ再認識、回想、それらの概念がかつてそれより生まれきたりしところの遠きいにしえの霊魂の共有財への復帰であり、帰郷である。このかぎりにおいて、哲学することは最高級の隔世遺伝の一種である。インド・ギリシャ・ドイツのすべての哲学的思考に通ずる驚くべき血縁の類似は、簡単に説明される。ここには言葉の類縁がある。されば、文法の共通の哲学によって--すなわち、同じ文法的機能による無意識の支配と指導によって--はじめから、哲学体系が同質の展開と順列をなすべき定めを持っていることは、避けがたいことである。同時に、世界解釈の他の可能性への道がとざされてあることも、避けがたいことである。ウラル=アルタイ語においては、主語の概念がはなはだしく発達していないが、この語圏内の哲学者たちが、インドゲルマン族や回教徒とは異なった目で「世界を眺め」、異なった途を歩きつつあることは、ひじょうにありうべきことである。ある文法的機能の呪縛は、窮極において、生理的価値判断と人種条件の呪縛でもある。…(ニーチェ『善悪の彼岸』竹山道雄訳)

ニーチェ読みのバルトがこの文を読んでいないはずはない。

《……それぞれの国民は、自分の頭上に、正確に分割された概念の空を持っている。そして、真理の要請のもとに、以後、すべて概念の神は自分の天空以外の場所では求められないようになることを望んでいる》(ニーチェ)。すなわち、われわれは、皆、言語活動の真実の中に、つまり、それの地域性の中に捉えられており、近隣同士の恐るべき敵対に引き込まれているのだ。(ロラン・バルト『テクストの快楽』)

もちろんわたしたち日本語使いも日本語に囚われている。

……日本語には機能接尾辞がきわめて多くて、前接語が複雑であるという特徴から、つぎのように推測することができる。主体は、用心や反復や遅滞や強調をつうじて発話行為を進めてゆくのであり、それらが積み重ねられたすえに(そのときには単なる一行の言葉ではおさまらなくなっているだろうが)、まさに主体は、外部や上部からわたしたちの文章を支配するとされているあの充実した核ではなくなり、言葉の空虚な大封筒のようになってしまうのである、と。したがって、西欧人にとっては主観性の過剰のようにみえること(日本人は、確かな事実ではなく印象を述べるらしいから)も、かえって、空虚になるまで細分化され微粒化されて言語のなかに主体が溶解し流出してゆくようなこといなってしまうのである。(『記号の国』p15)

「大封筒」という表現がある。バルトは時枝誠記の「風呂敷」理論を読んだのかだれかに聞いたのだろう。

時枝は、英語を天秤に喩えた。主語と述語とが支点の双方にあって釣り合っている。それに対して日本語は「風呂敷」である。中心にあるのは「述語」である。それを包んで「補語」がある。「主語」も「補語」の一種類である! (私はこの指摘を知って雷に打たれたごとく感じた)。「行く」という行為、「美しい」という形容が同心円の中心にある。対人関係や前後の事情によって「誰が?」「どこへ?」「何が?」「どのように?」が明確にされていない時にのみ、これを明言する。(中井久夫「一つの日本語観」『記憶の肖像』所収)

主体的な総括機能或いは統一機能の表現の代表的なものを印欧語に求めるならば、A is Bに於ける“is”であって所謂繋辞copulaである。copulaは即ち繋ぐことの表現である。印欧語に於いては、その言語の構造上、総括機能の表現は、一般に概念表現の語の中間に位して、これを統合する。従ってこれを象徴的に、A-Bの形によって表すのであって、copulaが繋辞と呼ばれる所以である。右のような総括方式における統一形式を私は仮に天秤型統一形式と呼んでいる。この様な形式に対して、国語はその構造上、統一機能の表現は、統一され総括される語の最後に来るのが普通である。

花咲くか。

といった場合、主体の表現である疑問の「か」は最後に来て、「花咲く」という客体的事実を包む且つ統一しているのである。この形式を仮に図をもって示すならば。



或は、



の如き形式を以て示すことが出来る。この統一形式は、これを風呂敷型統一形式と呼ぶことが出来ると思う(時枝誠記『国語学原論』ー―「森有正の日本語論<後編>」より)。

かつて柄谷行人は西田幾多郎のsubjectをめぐる叙述などを引用しつつこう書いた。

たとえば、一人称が聞き手との関係によって違っているような日本語では、一人称と「主体」が混同されることはけっしてなかった。しかし、日本語に「主語がない」ことは、日本語で語る人間に「主体」が無いことをすこしも意味しない。逆にいって、そうした文法的条件は、近代的な主観を乗り越えることをも意味しない。今日、日本語では、文法上の subject と、理論理性としての subject、実践理性としての subject は、それぞれ主語、主観、主体と区別されている。そうしたのは、西田幾多郎であった。この区別は、日本語の性質から直ちに来るものではない。そこに、こうした語が混同されている西洋哲学への「批判」がある。(柄谷行人「非デカルト的コギト」1992『ヒューモアとしての唯物論』所収 p.87)
subjectivitat という語は、日本では主観性や主体性と訳しわけられている。それはsubjectivitat という語の“用法”に大きな変化があったからだ。日本語での訳しわけは、それを反映している。主観性は、最初新カント派の認識論のタームとして訳されたものであり、現在でもそれは認識論に関連している。一方、主体性は、西田哲学の系統で用いられるようになった訳語で、現在でもそれは存在論的ないしは倫理的・実践的な意味で用いられている。日常的に使われるとき、これらの語が同一の起源に発することを知っている人さえ少ないほどに、はっきり区別されている。実際、”主観的”は否定的な意味で、”主体的”は肯定的な意味で使われるからだ。

このようなsubjectの両義性は、デカルトの「われ思う故にわれ在り」から生じたのである。ここで、「われ思う」に重点をおけば、”主観性”となり、「わら在り」に重点をおけば”主体性”となるだろう。たとえば、フッサールの超越論的現象学からハイデガーの存在論への移行は、、いわば”主観性”から” 主体性”への移行である。ハイデガーは、フッサールにあった認識論的姿勢を批判して、”主体性”を存在論的にいいなおしたのである。

しかし、デカルトのコギトはそのいずれをも両義的にはらんでいる。いわゆる近代的認識論も、実存主義もデカルトのコギトとは無縁だ。逆にいえば、認識論の問題も実存主義の問題も、デカルトのなかであらためて考察されなければならない。たとえば、コギトを外部的実存と呼ぶとき、私はいわゆる実存主義を意味しているのではない。いわゆる実存主義は、ハイデガーの場合のように共同存在(共同体)に帰着するほかはない。なぜなら、実存主義における実存は、共同体(システム)的なものに対する外部性が欠けているからだ。いいかえれば、そこには認識論的な側面が抜けている。逆に、認識論的な側面において語る者たちには、システムに対する外部性が実存的問題であることが抜けおちている、(柄谷行人 「探求Ⅱ」講談社版 1989 pp.113-114)

実際、subject という語は日本的な観点からは奇妙な語である。受け身にしてsubjected to とすれば「服従する」である(誰に? まず何よりも神にではないか)。ロラン・バルトのいう《主体と神は、追いはらっても追いはらっても、もどってくる》とはこの意味合いにても読むことができるだろう。

ロラン・バルトは日本の空虚な記号に魅せられたのである。バルト自身による『記号の国』前書きにはこうある、《日本の記号は空虚である。そのシニフィエは逃れ去ってゆく。見返りを求めずに支配するシニフィアンの根底には、神も真実も魂もまったくみられない》ことに。

いつの日か、わたしたち自身の蒙昧の歴史を明らかにして、西欧のナルシシズムがいかに濃密であるかをしめす必要があるだろう。ときおり耳にしえた、差異を求めるいくつかの声や、さけがたく続いてきたイデオロギー的な取り込みを、数世紀にわたって調べあげる必要があるだろう。その取り込みによって、いつの時代も、既知の言葉で解釈することで、アジアにかんする無知をやわれげようとしてきたのだから(ヴォルテールや、『アジア評論』、ロティ、エール・フランスの東洋のように)。現在、東洋から学ぶべきことはたしかに数かぎりなくあって、理解のためのたいへんな作業が必要であるし、これからも必要となるだろう(その作業が遅れているのは、イデオロギー的な隠蔽の結果にほかならない)。しかし同時に、巨大な影の領域(資本主義的な日本、アメリカ的になった文化、技術的な発展など)を周囲に残していることは認めつつ、細いひとすじの光によって、象徴的なものの裂けめそのものをーー西欧とは異なる象徴でをではなくーーさがしだすことも必要なのである。(同 p.10)

もちろんロラン・バルトの西欧言語への「批判」は、われわれにとっては逆に読まなければならない。われわれがいまだ安住しているのは別の狼の口なのだから。

日本語においては、一応三人称を文法的主格にしている文章でも、「汝―汝」の構造の中に包み込まれて陳述される。それは助動詞(これを動助詞という人もあるらしいが、そしてここで助動詞あるいは動助詞というのはverbe auxiliaireのことではなく、フランスの日本語学者のいうsuffixe fonctionnelであることは言うまでもない)が凡ゆる陳述に伴っていることからも理解される。そういうわけで日本語が本質的に二項関係の内閉性をもっており、そういう意味で閉鎖的(原文は傍点)な会話語であるのに対してヨーロッパ語は、会話の部分でも、その二人称は、いつでも、一人称―三人称に変貌することが出来る開放的超越的会話語であるということが出来る(森有正)。

《日本人は相手のことを気にしながら発言するという時、それは単に心理的なものである以上に、人間関係そのもの、言語構成そのものがそういう構造をもっているのである》(森有正全集12 P86-87ーー「日本語と下からの目線」)

一般に、日本社会では、公開の議論ではなく、事前の「根回し」によって決まる。人々は「世間」の動向を気にし、「空気」を読みながら行動する。(柄谷行人「キム・ウチャン(金禹昌)教授との対話に向けて」

われわれがこのようであるのは、 「言語構成そのものがそういう構造」をもっているせいだとしたらどうだろう? たとえば〈あなた〉のツイッターでの発話がいずれも内閉性を臭気漂わせる「閉鎖的な会話語」であったとしたら?

《私は少しばかり窓を開けたい。空気を! もっと空気を!》(ニーチェ『ヴァーグナーの場合』)

よい空気が大切なのだ! よい空気が大切なのだ! そしてとにかく文化のあらゆる癲狂院や病院の傍を離れることだ! だからこそ良い仲間が大切なのだ! いずれにせよ、内向的な頽廃と内密な病人の虫害とが放つ悪臭から遠ざかることだ!…… わが友らよ、われわれがそれこそわれわれ自身のために取っておかれたかもしれないあの二つの最も悪性の疫病から少なくともなお暫くの間実を守るために、――人間に対する大なる吐き気から! 人間に対する大なる同情から!…… (ニーチェ『道徳の系譜』木場深定訳 p158)

…………

附記:

おそらくロラン・バルトの『記号の国』1970などに影響を受けてだろう、ラカンは日本を訪れ、その後1971年に「リチュラテールLituraterre」を初めとして日本語について言及している。

柄谷行人は「日本精神分析再考(講演)(2008)」にて、そのラカンの日本語論に触れながら、今までは《個人において集団的なものがどのように伝わるのか。それに関しては、どうもはっきり》しなかったととしたあと、次ぎのようにいっている。

ところが、ラカンはそのような問題をクリアしたと思います。それは彼が無意識の問題を根本的に言語から考えようとしたからです。言語は集団的なものです。だから、個人は言語の習得を通して、集団的な経験を継承するということができる。つまり、言語の経験から出発すれば、集団心理学と個人心理学の関係という厄介な問題を免れるのです。ラカンは、人が言語を習得することを、ある決定的な飛躍として、つまり、「象徴界」に入ることとしてとらえました。その場合、言語が集団的な経験であり、過去から連綿と受け継がれているとすれば、個人に、集団的なものが存在するということができます。

 このことは、たとえば、日本人あるいは日本文化の特性を見ようとする場合、それを意識あるいは観念のレベルではなく、言語的なレベルで見ればよい、ということを示唆します。(柄谷行人「日本精神分析再考(講演)(2008)」)

これは森有正が「言語構成そのものがそういう構造」といったのとほぼ同じ見解だろう。