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2015年5月14日木曜日

「神の二度めの死」=「マルクスの死」

人間の顔をした世界資本主義者」から引き続く。


ポール・ヴェルハーゲPaul Verhaegheは、『THREE ESSAYS ON DRIVE AND DESIRE』1998にて、ほぼ次ぎのようなことを書いている。

…………

原父の息子たちーーモーセ、イエス、ムハンマド--はそれぞれの仕方で父として現れた。

モーセは多神教の神に対してヤホバを設置し、イエスは母なる神に対して神聖な父を設置し、ムハンマドは同様にアラーを立てた。このように、息子たちは父を導入してきた。「父は息子たちの症状」なのである。

大抵の場合、原父は他の者によって代替された。モーセはキリストによって、キリストはムハンマドによって、両者はマルクス等によって。

この原則が、20世紀後半に崩壊した。

権威としての父の消滅が意味するのは、息子たちは同一化のモデルを失ったということだ。結果は、息子たちは息子たちのままであることを余儀なくされる。大人になれない息子たちの時代というのが、父なき時代、あるいは象徴的権威の崩壊の意味である。

…………

マルクスが死んだ後は、だれも象徴的権威の座にすわるものはいない。するとどうなるのか。

「父の名」の機能は消滅し、猥雑な享楽の父、貪り食う母なる超自我として回帰している。
ほかの神々はどうか? それぞれ猥褻かつ苛酷な形象として回帰している。

ムハンマドは回帰する、テロリストとして! 
モーセも回帰した、世界資本主義として! 
キリストももちろん回帰している、レイシズムとナショナリズムとして!


「享楽の父」は、ラカン派の文脈では、欲望が隠喩化(象徴化)される前の「父」の欲望の体現者なのであり、そこにあるのは、猥雑な、獰猛な、限度を弁えない、言語とは異質の、そしてNom-du-Père(父の名)を与り知らない超自我である。これはラカンが超自我を「猥褻かつ苛酷な形象」[ la figure obscène et féroce ] (Lacan ,1955)と形容したことに基づく。

この享楽の父は、無法の勝手気ままな「母」の欲望と近似する。それゆえ、ミレール=ジジェクによって、「母なる超自我」とも命名される(参照:[PDF]The Archaic Maternal Superego-Leonardo S. Rodriguez - Jcfar.org)。

それはラカン派的に言えば、資本主義の言説の時代でもある。

資本主義のディスクールを特徴づけるものは、排除(Verwerfung)、拒絶、象徴界の領野すべての外に拒絶することだ。何を拒絶するのか? 去勢を拒絶する。(ラカン、セミネールⅩⅨ 1972/1/6)

いわゆる"去勢されていないnon‐castrated"全能の貪り食う母、真の母に関して、ラカンは注釈している、《満足していない母というだけでなく、またすべての力をもつ母である。そしてラカンの母の形象のおどろおどろしい様相は、彼女はすべての力を持ちかつ同時に不満足であることである》(Miller, “Phallus and Perversion)

ここには、パラドックスがある。母がよりいっそう"全能"として現れば現れるほど、彼女は不満足(その意味は欠如である)なのである。《ラカンの母はquaerens quem devoretと一致する。すなわち彼女は貪り食うために誰かを探し求める。そしてラカンは鰐として母を言い表す、口を開けた主体として。》(Jacques‐Alain Miller, “The Logic of the Cure”)

この享楽の父、あるいは母なる超自我は、「享楽せよ、常にいよいよ、ますます享楽せよ!」[ jouis toujours encore plus ! ]と命令する審級である。これを「死の欲動」とも呼ぶ、《わたしは…欲動Triebを「享楽のdérive(drift)漂流」と翻訳する》(ラカンセミネールⅩⅩアンコール)

欲動は、より根本的にかつ体系の水準で、資本主義に固有のものである。すなわち、欲動は全ての資本家機械を駆り立てる。それは非人格的な強迫であり、膨張されてゆく自己再生産の絶え間ない循環運動である。我々が欲動のモードに突入するのは、資本としての貨幣の循環が「絶えず更新される運動内部でのみ発生する価値の拡張のために、それ自体目的になった瞬間である」(マルクス)。(ジジェク『パララックス・ヴュー』)

すべての欲動は潜在的には死の欲動〔…toute pulsion est virtuellement pulsion de mort.〕(Lacan Ecrit 848)であり、後期資本主義の時代とは、死の欲動が席捲する時代である。マルクスの剰余価値という概念をもとにして、ラカンが剰余享楽なる概念をつくりあげたのはよく知られている。

資本の限界は資本そのものであるという公式を進化論的に読むのは的外れである。この公式の眼目は、生産関係の枠組みは、その発展のある時点で、生産力の伸びを邪魔するようになる、といったことではなく、この資本主義の内在的限界、この「内的矛盾」こそが、資本主義を永久的発展へと駆り立てるのだ、ということである。

資本主義の「正常な」状態は、資本主義そのものの存在条件のたえざる革新である。資本主義は最初から「腐敗」しており、その力をそぐような矛盾・不和、すなわち内在的な均衡欠如から逃れられないのである。だからこそ資本主義はたえず変化し、発展しつづけるのだ。たえざる発展こそが、それ自身の根本的・本質的な不均衡、すなわち「矛盾」を何度も繰り返し解決し、それと折り合いをつける唯一の方法なのである。したがって資本主義の限界は、資本主義を締めつけるどころか、その発展の原動力なのである。まさにここに資本主義特有の逆説、その究極の支えがある。資本主義はその限界、その無能力さを、その力の源に変えることができるのだ。
「腐敗」すればするほど、その内在的矛盾が深刻になればなるほど、資本主義はおのれを革新し、生き延びなければならないのである。

剰余享楽を定義するのはこの逆説である。この剰余とは、何か「正常」で基本的な享楽に付け加わったという意味での剰余ではない。そもそも享楽というものは、この剰余の中にのみあらわれる。すなわち、それは本質的に「過剰」なのである。その剰余を差し引いてしまうと、享楽そのものを失ってしまう。同様に、資本主義はそれ自身の物質的条件をたえず革新することによってのみ生き延びるのであるから、もし「同じ状態のままで」いたら、もし内的均衡を達成してしまったら、資本主義は存在しなくなる。したがって、これこそが、資本主義的生産過程駆動する「原因」である剰余価値と、欲望の対象-原因である剰余享楽との、相同関係である。(ジジェク『イデオロギーの崇高な対象』1989)

このジジェクの議論は、柄谷行人によって次のように言い換えられる。

マルクスが資本の考察を守銭奴から始めたことに注意すべきである。守銭奴がもつのは、物(使用価値)への欲望ではなくて、等価形態に在る物への欲動――私はそれを欲望と区別するためにフロイトにならってそう呼ぶことにしたいーーなのだ。別の言い方をすれば、守銭奴の欲動は、物への欲望ではなくて、それを犠牲にしても、等価形態という「場」(ポジション)に立とうとする欲動である。この欲動はマルクスがいったように、神学的・形而上学的なものをはらんでいる。守銭奴はいわば「天国に宝を積む」のだから。

しかし、それを嘲笑したとしても、資本の蓄積欲動は基本的にそれと同じである。資本家とは、マルクスがいったように、「合理的な守銭奴」にほかならない。それは、一度商品を買いそれを売ることによって、直接的な交換可能性の権利の増大をはかる。しかし、その目的は使用することではない。だから、資本主義の原動力を、人々の欲望に求めることはできない。むしろその逆である。資本の欲動は「権利」(ポジション)を獲得することにあり、そのために人々の欲望を喚起し創出するだけなのだ。そして、この交換可能性の権利を蓄積しようとする欲動は、本来的に、交換ということに内在する困難と危うさから来る。(柄谷行人『トランスクリティーク』P25-26)

…………

父という権威が死んで、自由と平等の世界が訪れたわけではないのは誰もが気づいているだろう。権威の死の後には、前エディプス的・母性的、すなわち「母なるオルギア」(距離のない狂宴)のなすがままになる「母なる超自我」の時代が訪れたわけだ。それは「権威」ではなく「権力」の形をとる。

ヴェルハーゲは冒頭に引用された論が上梓された一年後に、次ぎのようなレクチャアをしている(the fifth annual conference of the APCS, NY, Columbia University, Oct.99”)。

もしわれわれが「すべての動物は平等である」の時代に生きているのが本当ならば、これが必然的に意味するのは、差異の消滅である。権威は差異を基盤としているという事実の観点からは、この意味は、権威はどぶに嵌っているということである。われわれにとって不幸なことは、望まれた帰結――「平等と自由」が実現されるのは、不成功に終わっていることだ。そしてその代わりに、われわれは直面しているのだ、少なくともヨーロッパでは、たえず増えつづけるコーポラティズム、レイシズムとナショナリズムに。往年の権威の代わりに、われわれはいっそうの権力に遭遇する。権威と権力はなにか違ったものだ。

重要なことは、権力powerと権威authorityの相違を理解するように努めることである。ラカン派の観点からは、権力はつねに二者関係にかかわる。その意味は、私か他の者か、ということである(Lacan, 1936)。この建て前としては平等な関係は、苦汁にみちた競争に陥ってしまう。すなわち二人のうちの一人が、他の者に勝たなければいけない。他方、権威はつねに三角関係にかかわる。それは、第三者の介入を通しての私と他者との関係を意味する。(社会的絆と権威(Paul Verhaeghe)

もちろん、ここでヴェルハーゲは「二者関係」という表現を使い、精神病的な想像界の世界の厄介さを言っている。

セミネール III でさえ、 ラカンは精神病を本質的に想像的なものによって定義していました。ラカンはある意味、精神病と想像的なものは等価であると考えていたのです。ラカンの著作における想像的なものは、このように精神病的なものでありますから、鏡像段階をパラノイアの記述として読み直すこともできるでしょう。すなわち、他者との基礎的な衝突があり、それは他者が私の役割を強奪していくからである、と。鏡像段階は投影によって構造化されているのです。主体の天然のパラノイア、想像的レベルに位置する主体、正常性(象徴的正常性)へと加入することを許可する象徴的秩序、をラカンはたびたび強調していました。しかし最後には、ラカンは精神病的主体はまったく正常であると喜んでいうようになりました。これは、アブノーマルなのは象徴的秩序の方であり、人間の性質は基本的にパラノイア的であるということを意味しています。(ミレール『ラカンの臨床パースペクティヴへの導入』

このミレールの言い方であれば、精神病的でどうしてわるいのだ、ということになる。大文字の他者を信じ込んでいるほうが(神経症的なほうが)、狂っていると。

だがヴェルハーゲの語るように、社会における鏡像的な状況が権力の猖獗、社会的絆の崩壊を生んでいる。鏡像的、すなわち「私に似た」他の人々、競争や相互承認といった鏡像的関係を結ぶ私の同類たちの世界である。たとえば彼は昨年次のような表題をもった短い記事をガーディアンに書いている。 「新自由主義はわれわれに最悪のものを齎したNeoliberalism has brought out the worst in us"」Guardian(2014.09.29)。

この論文は、勝ち組、負け組を生みだすだけの現在の新自由主義≒世界資本主義のことを指摘しており、柄谷行人なら次のように言う。

「帝国主義的」とは、ヘゲモニー国家が衰退したが、それにとって代わるものがなく、次期のヘゲモニー国家を目指して、熾烈な競争をする時代である。一九九〇年以後はそのような時代である。いわゆる「新自由主義」は、アメリカがヘゲモニー国家として「自由主義的」であった時代(冷戦時代)が終わって、「帝国主義的」となったときに出てきた経済政策である。「帝国主義」時代のイデオロギーは、弱肉強食の社会ダーウィニズムであったが、「新自由主義」も同様である。事実、勝ち組・負け組、自己責任といった言葉が臆面もなく使われたのだから。しかし、アメリカの没落に応じて、ヨーロッパ共同体をはじめ、中国・インドなど広域国家(帝国)が各地に形成されるにいたった。(柄谷行人 第四回長池講義 要綱

※ここでの文脈に関連するものとして、ジジェクによる恩師ミレール批判2012があるが、それは最後に附記する。

…………

ところで、マルクスはいつ死んだのか? 相場は1989年ということになっている。

では、1989 年の陰鬱な災禍を経て、わたしたちは今日どのような場所にいるのだろうか。 1922 年のように、悪意のこもった歓声が下から鳴り響いてくる――「ざまあみろ、社会に全 体主義を押しつけたがる変人どもめ!」。あるいは、そうした悪意ある喜びを押し隠そうと する者もいるだろう。彼らは嘆息し、天を見上げて、こう言わんばかりだ――「われわれの 懸念した通りになってしまうとは、なんと悲しいことだろう。公正な社会を建設したいという あなた方のヴィジョンは、まことに高貴なものであった。われらの心はあなた方の側にある。 しかし、あなた方の計画が悲惨なものに終わり、新たな束縛をもたらすものでしかないと、 理性が教えてくれたのだ」。わたしたちは、こうした誘惑の声に屈することなく、いまいちど 初心にもどって始めなければならない――それは、1917 年から 1989 年まで、いや正確 には 1968 年まで続いた、20 世紀の革命的時代の基盤をさらに積み上げるというのでは ない――そうではなくて、出発点にまで下降して、そこからべつの道のりを選びなおすとい うことなのだ。(ジジェク「初心からいかに始めるか」2009)

学園闘争(参照:三つの「父の死」)だけではなく、プラハの春や、文化大革命などを想起すれば、マルクスは1968年に死んだということになるのだろう。

すなわち曲りなりにも、公正な社会を建設したいというビジョン、父の名は、1968年まではあったとしておこう。大文字の他者の存在を信じていた前期ラカンの言葉を掲げるならば、そのあり方は次ぎの通り。

私が父の名と呼ぶもの、すなわち象徴的な父とはまさにこれです。それはシニフィアンの水準にある一つの項であり、法の座としての大文字の他者において、大文字の他者を代表象している項です。 それは法を支え、 法を公布するシニフィアンです。それは大文字の他者における大文字の他者なのです。(セミネールⅤ)

(ここでやや文脈から外れるが、「思想家」でさえ、1960年代にその基本的な仕事をしてしまっており、そのあと、「大文字の他者」といいうる思想家はでていない)。

とすれば、1968年から1989年のあいだはどうだったのか。ここでもラカン、中期ラカンを持ち出せば次の通り(参照:簡略版:「〈他者〉の〈他者〉は存在しない」(ラカン))。

もし大文字の他者において真理と呼ばれるものの一貫性が、いかなる方法でも保証されえずにどこにもないなら、それはどこにあるのでしょうか。あるとすれば、小文字の他者[対象a]のこの機能がそれを請け合うのです。(セミネールⅩⅥ)

1968年から1989年のあいだにマルクスの真理を信じていたわけではない。だが対象aとしての「眼差し」がそれを支えていたのだ。

私の興味をひいたのは、東側と西側が相互に「魅入られる」ということでした。これは「幻想」の構造です。ラカンにとって、究極の幻想的な対象とはあなたが見るものというより、「まなざし」自体なのです。西側を魅惑したのは、正統的な民主主義の勃発なのではなく、西側に向けられた東側の「まなざし」なのです。この考え方というのは、私たちの民主主義は腐敗しており、もはや民主主義への熱狂は持っていないのにもかかわらず、私たちの外部にはいまだ私たちに向けて視線をやり、私たちを讃美し、私たちのようになりたいと願う人びとがいる、ということです。すなわち私たちは私たち自身を信じていないにもかかわらず、私たちの外部にはまだ私たちを信じている人たちがいるということなのです。西側における政治的な階級にある人びと、あるいはより広く公衆においてさえ、究極的に魅惑されたことは、西に向けられた東の魅惑された「まなざし」だったのです。これが幻想の構造なのです、すなわち「まなざし」それ自体ということです。

そして東側に魅惑された西側だけではなく、西側に魅惑された東側もあったのです。だから私たちには二重の密接な関係があるのです。(Conversations with Žižek, with Glyn Daly(,邦題『ジジェク自身によるジジェク』)からだが、邦訳が手元にないので、私訳 を附す)

資本主義諸国は、ベルリンの壁が崩壊する以前にも、己れの制度を信じていなかったにもかかわらず、社会主義諸国からの「まなざし」があり、その「まなざし」に同一化することによって、「人間の顔をした社会主義」を目指す努力、つまり福祉国家への努力があった。

ある意味では冷戦の期間の思考は今に比べて単純であった。強力な磁場の中に置かれた鉄粉のように、すべてとはいわないまでも多くの思考が両極化した。それは人々をも両極化したが、一人の思考をも両極化した。この両極化に逆らって自由検討の立場を辛うじて維持するためにはそうとうのエネルギーを要した。社会主義を全面否定する力はなかったが、その社会の中では私の座はないだろうと私は思った。多くの人間が双方の融和を考えたと思う。いわゆる「人間の顔をした社会主義」であり、資本主義側にもそれに対応する思想があった。しかし、非同盟国を先駆としてゴルバチョフや東欧の新リーダーが唱えた、両者の長を採るという中間の道、第三の道はおそろしく不安定で、永続性に耐えないことがすぐに明らかになった。一九一七年のケレンスキー政権はどのみち短命を約束されていたのだ。

今から振り返ると、両体制が共存した七〇年間は、単なる両極化だけではなかった。資本主義諸国は社会主義に対して人民をひきつけておくために福祉国家や社会保障の概念を創出した。ケインズ主義はすでにソ連に対抗して生まれたものであった。ケインズの「ソ連紀行」は今にみておれ、資本主義だって、という意味の一節で終わる。社会主義という失敗した壮大な実験は資本主義が生き延びるためにみずからのトゲを抜こうとする努力を助けた。今、むき出しの市場原理に対するこの「抑止力」はない(しかしまた、強制収容所労働抜きで社会主義経済は成り立ち得るかという疑問に答えはない)。
(……)

冷戦が終わって、冷戦ゆえの地域抗争、代理戦争は終わったけれども、ただちに古い対立が蘇った。地球上の紛争は、一つが終わると次が始まるというように、まるで一定量を必要としているようであるが、これがどういう隠れた法則に従っているのか、偶然なのか、私にはわからない。(中井久夫「私の「今」」1996.8初出『アリアドネからの糸』所収)

このように、世界は、前期ラカン(大文字の他者は存在する)から中期ラカン(大文字の他者の不在を対象aで補完する)をを経て、いまはジジェクのいう意味では対象aさえ機能しない後期ラカン的な(大文字の他者の消滅)時代である(この言い方はいささか無理があるかもしれないが、いまは敢えてそのままにしておく)。浅田彰の言い方なら、資本の欲動をオブラートで包むことさえない「えげつない」市場原理剥き出しの時代なのである。

・歴代の経団連会長は、一応、資本の利害を国益っていうオブラートに包んで表現してきた。ところが米倉は資本の利害を剥き出しで突きつけてくる……

・野田と米倉を並べて見ただけで、民主主義という仮面がいかに薄っぺらいもので、資本主義という素顔がいかにえげつないものかが透けて見えてくる。(浅田彰 『憂国呆談』2012.8より)


実際、ラカンが「主人の言説」から「資本家の言説」へ、と言い出したのは、1968年学園紛争直後の1969年のセミネールⅩⅦ(精神分析の裏面)からである。

主人の言説は、概ね消滅してしまった(ラカン セミネールⅩⅦ)
もう遅すぎる……、危機、主人の言説のではない、資本家の言説、それは代替だが、それは開いてしまったouverte(ラカン ミラノ 1972/5/12)
資本主義のディスクールを特徴づけるものは、排除(Verwerfung)、拒絶、象徴界の領野すべての外に拒絶することだ。何を拒絶するのか? 去勢を拒絶する。(ラカン、セミネールⅩⅨ 1972/1/6)

とはいえ、上に記したように、1968年から1989年の端境期を経て、実際に「資本主義のディスクール」の特徴が席捲するようになったのは、やはり1989年以降だろう。

後期ラカンの「サントームの臨床」に近似した「去勢を拒絶した」世界への対抗策は、新しいシニフィアンを発明することである(参照:「父の名は単にサントームのひとつの形式にすぎない」)。

Pourquoi est-ce qu'on n'inventerait pas un signifiant nouveau? Un signifiant par exemple qui n'aurait, comme le réel, aucune espèce de sens?” ( J. Lacan, Le Séminaire XXIV, L'insu que sait de l'une bévue, s'aile a mourre, Ornicar ?, 17/18, 1979, p. 21)

《なぜ我々は新しいシニフィアンを発明しないのか? たとえば、それはちょうど現実界のように、全く無意味のシニフィアンを》とでも訳せる文だが、この新しいシニフィアンがサントームである。

ラカンはこの自己によって創造されるフィクションを、サントームと呼んだ。…新しいシニフィアン或いはサントームの創造の文脈における創造とは、〈大他者〉の欠如の上に築き上げられるものである。すなわちcreatio ex nihilo無からの創造においてのみ。(Paul Verhaeghe and Declercq"Lacan's goal of analysis: Le Sinthome or the feminine way"2002.)

サントームとは、全能の貪り食う母の開いた口を支える「父の名」の代替物なのである。そしてここでの文脈では、「全能の貪り食う母」とは「資本の欲動」である。

とはいえサントームとは個々の個人の症状の核にもとづくものであり、社会的絆帯としては機能しない。あくまでいま書いているのは比喩的であり、ここでは新しい主人のシニフィアンと言い換えるべきかもしれない。

とはいえーーすなわち主人のシニフィアンと言い換えてさえーー、新しい主人のシニフィアン、新しい父の名(あるいはそれの代替物)の導入など可能であるのか。

「父の名」の隠喩の欠如は、主体が自分の責任を転移し、自分の行き詰まりを打破してくれるような公式を提供してくれる[見せかけsemblant]の、数々の「小さな〈大文字の他者たち〉little big Others」(”numerous little others or partial big Others”(Zizek=Tony Myers - 2004) としての「倫理委員会」,「小委員会」などを求めるようになる、というジジェクの指摘がある。

松本卓也氏は、M.-H.ブルースに依拠しつつつ「〈父の名〉の後に誰が来るか?」という論文にて、次のように記しているようだ(守中高明氏ツイートからのまた聞きではある)。これはジジェクの「小さな〈大文字の他者たち〉」の変奏であるだろう。

「象徴的な法の単一性のシニフィアンであるところの〈父の名〉の権力の終焉」→「〈父-の-諸名〉」という「複数的なもの」への移行→〈父の名〉に「症状としての資格」を付与すること→「普通精神病においては、患者は象徴的組織化に欠如している例外の機能を自らに受肉しようとはしない」。

それでは「今日の〈父の名〉」とは何か:それは「正規分布の中央」「ポリティカル・コレクトネス」「コンセンサス」「エヴィデンスの保証」等であり、それが形成する「社会秩序」においては、「統計学的超自我」が支配し「曲線の中央値によって定義されるような凡庸さへの従属」が問題となる→そこから同氏(松本氏)の批判:しばしば「法の支配」を言う「本邦の恥ずべき首相」は「〈父の名〉の補足的なつくりものの一種」に過ぎず、しかも「つくりものとしても不十分」なことを自覚していない、と。

やはり〈父の諸名〉では機能しない。とすればどうしたらいいのか? たとえば、柄谷行人(=カント)の「世界共和国」は、マルクスの死以降の時代に、新しい主人のシニフィアンを求める試みだとしてよいだろう。

……神と宗教のもっともシンプルな定義は、真実と意味は同一のものだという考えにある。神の死とは、この真実と意味とを同じものとする考えの終りであ る。そしてコミュニズムの死もまた、歴史に関しての真実と意味の分離を告げていると、私ならつけ加える。「歴史の意味」にはふたつ意味がある。ひとつは、 歴史がどこへ向かうか、といった「方向性」。もうひとつは、プロレタリアートの手になる人間の解放史などといった歴史の目的である。実際コミュニズムの時代には、正しい政治判断を下すことは可能だとの確信があった。そのとき、私たちは歴史の意味に動かされていたのだ。……そしてコミュニズムの死は、歴史の領域でのみ、神の二度めの死となるのである。(アラン・バディウ ”A conversation with Alain Badiou, lacanian ink 23 (2004) )

コミュニズムの死は、歴史の領域でのみ、神の二度めの死とあるが、もちろんこれはマルクスの死は神の二度めの死と言いかえられる。とはいえ、マルクスはほんとうに死んだのか。

わたしはここでコミュニズムの〈大文字の概念〉が存続するのだと言いたい。実現しそこねながら、亡霊のように何度も何度も現われ、いつまでも生き延びるのだ。(ジジェク『ポストモダンの共産主義』2009)

これはかつてのような「父の名」の復活を言っているのか、ーーいやそうではない(後述)。

バディウは時折、"正義"を主人のシニフィアンとするように提案する。"自由"や"民主主義"のようなあまりにもひどくイデオロギー的に意味付けられ過ぎた概念のかわりにすべきだというものだ。しかしながら正義についても同様な問題に直面しないだろうか。プラトン(バティウの主要な参照)は正義を次のような状態とする、すなわちその状態においては、どの個別の決断も全体性の内部、世界の社会秩序の内部にて、適切な場所を占めると。これはまさに協調組合主義者の反平等主義的モットーcorporatist anti‐egalitarian mottoではないか。とすれば、もし"正義"を根源的な束縛解放を目指す政治の主人のシニフィアンに格上げしようとするなら多くの補足的な説明が必要となる。(ジジェク『LESS THAN NOTHING』2012)

バディウさえときには「コミュニズム」というシニフィアンを言い出しかねて「正義」と言っているのだろうか。

〈主人のシニフィアン〉とは何だろう?社会的崩壊の混乱状況を想像してみよう。そこでは、結合力のあるイデオロギーの力はその効果を失っている。そのような状況では、〈主人〉は新しいシニフィアンを発明する人物だ。そのシニフィアンとは、名高い「縫い合わせ点quilting point」、すなわち、状況をふたたび安定化させ、判読可能にするものである。大学のディスクールは、この判読可能性を、定義によって支える知のネットワークを詳述するわけだが、その言説は、当初の〈主人〉の仕草を前提条件とし、それに頼っている。〈主人〉は新しいポジティヴな内容をつけ加えるわけではまったくない。――彼はたんにシニフィアンをつけ加えるだけだが、突如として無秩序は秩序、ランボーが言ったような「新しいハーモニー」に変ずるのだ。(ジジェク『LESS THAN NOTHING』)

この“empty”(空の)シニフィアン(主人のシニフィアン)が、正確な意味を持たないことによって、《雑多な観点、相相剋する意味作用のチェーン、ある特定な状況に付随する独特の解釈を、ひとつの共通なラベルの下に、固定し保証してくれる》(Stavrakakis 1999)
ーーより詳しくは「主人のシニフィアンと統整的理念」を見よ。

もちろんバディウは本当は「正義」などという曖昧な主人のシニフィアンではなく、コミュニズムというシニフィアンを復活させたいのだ。だがそのシニフィアンの扱い方がかつてとは異ならなければならない。

アラン・バディウは、いまいちどコミュニストという仮説を主張すべきだと提案している――

《もしわたしたちがこの仮説を放棄するならば、集団行動という領域で、やるべき価値のあることは何もなくなってしまう。コミュニズムという地平なくして、この大文字の概念なくして、哲学者の興味をかきたてるような歴史的・政治的生成は存在しない。》

しかし、バディウは続けて言う――

《この大文字の概念を、この仮説の存在を手放さないからといって、それが第一に主張してきた私有財産や国家に関するテーゼを、そのままのかたちで保持する必要などない。実際、哲学者が引き受けるべき責務、あるいは義務とは、この仮説が新たな様態をまとって出現すべく手助けをすることである。》

ここで注意すべきは、これをカント的に読んではならないということだ。つまり、コミュニズムをなんらかの統整理念regulative Ideaとして、したがって「倫理的社会主義」の亡霊を蘇生させるものとみなし、その先見的規範もしくは公理として、「平等」を考えるといった姿勢をとってはならないのだ。そうではなく、わたしたちが保持すべきなのは、コミュニズムの必要性を生み出すような、一連の社会的敵対性を正確に参照することなのである。コミュニズムという古き良きマルクス主義概念を、理念としてではなく、現実の矛盾に立ち向かう運動として考えなければならない。コミュニズムを永遠の大文字の理念に祀りあげてしまうと、それを生み出した状況も同じく永続的なものであり、コミュニズムが立ち向かう敵対性はいつまでたってもなくならないということになってしまう。そこからコミュニズムの脱構築的読解までは、ほんの一歩にすぎない。すなわち、コミュニズムとは、現前を夢見ること、代表制がもたらすあらゆる疎外状況を一挙に廃絶しようという夢想、つまり、みずからの不可能性を養分にして育つ夢うつつの理想ということになってしまうのである。(スラヴォイ・ジジェク「初心からいかに始めるか」 )

※ここでジジェクは、カントの「統整理念regulative Idea」さえ否定している。この用語にたいする柄谷行人の捉え方とは異なるのかもしれないが、柄谷行人にとってはコミュニズムとは統整的理念である(参照:「主人のシニフィアンと統整的理念」)。だがいまはそれについては追求しない。

さて、バディウやジジェク、あるいは柄谷行人はユートピアンなのだろうか。いや、ジジェクの言い方では、〈あなたがた〉がユートピアンなのである。

人々は私に「ああ、あなたはユートピアンですね」と言うのです。申し訳ないが、私にとって唯一本物のユートピアとは、物事が限りなくそのままであり続けることなのです。2008年の金融崩壊の始まりがどのようなものだったか、ご存知でしょう。「OK、我々の銀行に対する立法措置は充分ではなかった。全てが上手くいくように、それらを少しばかり変えよう」。いいえ、それは上手くいきませんでした。

 だから、私たちによって、何かがなされなければならないのです。だがそれに対して率直に向き合わなければなりません。悲劇はこういうことです。私たちが現在保持している資本-民主主義に代わる有効な形態を、私も知らないし、誰も知らないということなのです。(ジジェク 「今や領野は開かれた」ーーユートピアンとしての道具的理性instrumental reason主義者たち

たとえば、ジジェクに従えば、レイシズムやナショナリズムとは資本主義の構造的な現象であるという認識をもたないようにみえる「左翼」の活動家たちはユートピアンである(参照:「グローバル化で等質化すればするほど世界はバルカン化する」)。


あるいは、次ぎの応答はユートピアンのものである。野間易通によるものであり、2011年以降の彼の目覚しい「仕事」をわずかなりとも知るものとしては、彼を批判するつもりは毛頭ないが(参照:括弧入れとパララックス(超越論的態度)(柄谷行人=ジジェク))。

レイシズムは一部の過激派がやっているものでしょうか、それとも民衆に普遍的に根ざすものでしょうか。

一部の過激派ではなく、広く薄く根づくものだと思いますが、同時に思想的流行でもあります。つまり、どの民族や国民も本質的にレイシストである(=普遍的)ということは考えにくく、その傾向をいくらでも改善可能だということです。(C.R.A.C. @cracjp

前投稿「人間の顔をした世界資本主義者」から再掲しておこう。

ホルクハイマーが1930年代にファシズムと資本主義について言ったこと--資本主義について批判的に語りたくない者はファシズムについても沈黙すべきである--は今日の原理主義にも当てはまる。リベラルデモクラシーについて批判的に語りたくない者は原理主義についても沈黙すべきである。(ジジェク)

いや、われわれは、われわれ自身の当面できることをするほかない、という立場もあるだろう。だが、その態度は、多くの場合、既存のシステムーーすなわち現在なら世界資本主義ーーを強化する役目を果たしかねない、というのがジジェクの論理でもある。この論理は、Levi R. Bryant の『Žižek's New Universe of Discourse: Politics and the Discourse of the Capitalist』の冒頭数ページに、ヘーゲルやラカン、ドゥルーズを引用をしつつ、巧みにまとめられているが、今はそれを掲げることはやめておこう。かわりに途中で言及したジジェクによるミレール批判を掲げる。

…………

※附記:ジジェクによるミレール批判(2012)

ミレールのシニカル快楽主義者の考え方、主体は象徴的見せかけsemblances(理想、主人のシニフィアン、ーーそれなしでは、どんな社会もばらばらになってしまう)の必要性を認めつつ、それから距離を取り、それらは単に見せかけに過ぎないこと、そして唯一の現実界は身体の享楽であるに気づくという考え方に対抗して、我々は強調すべきだ、「自ら享楽し、他者が享楽するに任せる」という姿勢は、正当的な個人の特異性の領野を開く新しいコミュニスト秩序のみにおいて可能だと。不適任者、変わり者のユートピア、そこでは、均一化の体制への順応の束縛が取り除かれ、人間は自然な状態の植物のように野生的に成長する…もはや新しい抑圧の社会によって足枷を嵌められることなく、彼らは、神経症に、強迫症に、妄想症に、パラノイアや分裂病に咲き乱れる。我々の社会は彼らを病気と見なすかも知れないが、真の自由の世界として、「人間性」自体の動植物の繁茂を取り戻す。

我々は見てきたように、ミレールはもちろん商品市場に要求される享楽の標準化に批判的ではある。とはいえ彼の異議表明は、標準的な文化批評の域を出ない。さらに、ミレールが無視しているのは、あのような特異性が繁茂する特殊な社会-象徴的状況だ。(……)

より理論的レベルで、我々は、ミレールの(そして、もし人が後期ラカンのミレール読解を受け入れるならば、ラカンの)、やや粗野な名目論者的対比を問題視すべきだ。その対比というのは、享楽の現実界の個別性と象徴的見せかけの包被のあいだのものである。ここで喪われているのは、ラカンのセミネールXX(アンコール)の偉大な洞察である。すなわち、享楽自体の地位は、ある意味で、二重化された見せかけsemblanceの地位である。享楽はそれ自体としては存在しない。享楽は象徴的過程、その内在する非一貫性と反作用の過程の残余あるいは生産物として、ただ己れを主張するだけである。言い換えれば、象徴的見せかけsemblancesは、ある揺るぎない実体的な現実界自体に関する見せかけではない。この現実界は(ラカン自身が定式化しているように)、ただ象徴化の袋小路を通してのみ識別できる。

この観点からは、ラカンの「騙されない者は間違えるles non‐dupes errent 」のまったく異なった読み方を提示し得る。もし我々が、象徴的見せかけと享楽の現実界のあいだの対比を元にしたミレールの読解に従うなら、「騙されない者は間違える」は、シニカルで古臭い諺のようなものだ、すなわち我々の価値観、理想、規則等々は、ただ見せかけに過ぎないが、それらを侮ることなく、社会組織がばらばらにならないよう、現実のものとして振舞うべきだ、というものだ。

しかし正当ラカン派の立場からは、「騙されない者は間違える」の意味するところは全く反対である。真の錯誤illusionとは、見せかけを現実として取ることではなく、現実界自体を実体化することにある。現実界を実体的なそれ自体と取り、象徴界を単に見せかけの織物に降格してしまうことが真の錯誤である。言い換えれば、 間違える者たちは、象徴的織物を単に見せかけとしてさっさと片付け、その効力に盲目な、まさにシニカルな連中である。効力、すなわち、象徴界が現実界に影響を及ぼす仕方、我々が象徴界を通して現実界に介入できるあり方に盲目な輩が、間違える者たちである。イデオロギーは、享楽の核心を取り囲む象徴的見せかけのネットワークを、深刻に取り扱うことに元々あるのではない。より根本的レベルでは、イデオロギーとは、享楽の現実界に関して、これらの見せかけを「単なる見せかけ」としてシニカルな棄却をすることである。(ZIZEK,LESS THAN NOTHING 2012 私訳)

ラカンは、『Séminaire Les non-dupes errent 』1973-74において、「父の名」との関連において nomination 概念の提示している。Les non‐dupes errent(騙されない者は間違える)とは、そもそもle‐Nom‐du‐Père(父の名)と同じ発音であることに注意。

1、nomination は「命名」かつ「任命」。

2、nomination は destitution 「解任」(主体の解任)の逆。

3、主体の解任destitution subjective=究極の分離の後、新たなシニフィアンを発明すること。すなわち無からの創造creatio ex nihiloとしてのサントーム sinthome の発明。

後期ラカンにとって、父の名は単にサントームのひとつの形式にすぎない。父の名は、単に特別安定した結び目の形式にすぎないのであり、ここでの「騙されない者は間違える」は「父の名」の代替物「サントーム」に騙されない者は間違えると意味しているとも捉えうる。

なおジジェク解釈による「騙されない者は間違える」のわかりやすい説明については、「騙されない人は彷徨うLes non-dupes errent」を見よ。


さて、ジジェク2012には、強いミレール批判がもう二ヶ所ほどあるのだが、そのうちの一箇所のいくらかを抜き出しておこう。

ミレールにとって(彼はここでラカンに従っている)、不安は、我々を騙すことのない唯一の情動である。この意味は、〈大義〉のためのどの(政治的)熱狂も、想像的な誤認の要素だということだ。ミレールは、この最近の数年、ことさら主張しているのだが、政治は、想像的あるいは象徴的同一化の領野であり、それ自体イリュージョンだと。

このような立場は、必然的に、ある種の冷笑的悲観主義に終わる…。すなわち全ての集団的熱狂のアンガーシュマンは屑に終わる…我々に出来る唯一のことは、「(社会的)ゲームをする」ことだけだ、と。

…バディウは、我々を、この高尚化された悲壮な冷笑主義から抜け出すことを可能にしてくれる。すなわち、熱狂は、不安よりも、すこしも「真正」でないわけではない、と。集団的な政治のアンガーシュマンは、その事実だけで、想像的誤認であるわけではない。この相違は、今日、全く決定的である。政治的な死と生の相違であり、支配的なポスト政治的な冷笑主義への是認と、ラディカルな解放運動のための勇気の集結のあいだの相違である。(同上)